ワードパレット:lunar phase

10,401 文字

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10番「十日夜」 三郎

神様/感謝/音


「あれは、なにをしてるんでしょう」
 おつかいの帰り道、隣を歩く庄左ヱ門がふと田んぼの向こうを指さした。
 稲刈りの終わった田のあぜ道を、子供たちが歌を歌いながら練り歩いている。耳を澄ませても歌の内容までは聞こえない。手に持った稲藁の束を地面に打ち付けるようにして歩く子らは、ただ遊んでいるようにも、言いつけを守って真剣なようにも見えた。
 後輩の素朴な疑問に、三郎は思い当たる節があった。
「珍しい。十日夜のお祭りだ」
「とおかんや」
「東国の秋の祭りだよ。収穫をお祝いして田んぼの神様に感謝を告げる。ああして稲藁の束で地面を叩いて、その音でネズミやモグラを追い払うのさ。きっとこのあたりに、東にゆかりのある人でもいるんだろう」
「とおかんやとは、どういう意味ですか?」
 生真面目な彼らしい問いに、ああ、と笑って答えてやる。
「十日の夜と書いてとおかんや。十五夜の五日前の月のことだ」
 ようやく納得したらしく、庄左ヱ門は頭に刻み込むように、とおかんや、とおかんやと繰り返して、やがてその大きな瞳で三郎を見上げて言った。
「鉢屋先輩は、物知りですね」
「物知り? 私が? ……まさか」
 思ってもみないことを言われた。そんなこと、他の誰にも言われたことがない。当然否定すると、言葉が足りなかったと思ったのか庄左ヱ門は、重ねて例を挙げてきた。
「でも現に、東国の風習のことも、月の名前のこともご存じです。それだけでなく、鳥の鳴き声が聞こえれば鳥の名を、花が咲いていれば花の名を、なんでも教えてくれるじゃないですか」
「それはただの受け売りだよ。遠い土地の風俗や習慣については雷蔵が、動植物のことは八左ヱ門がよく知ってるからね。自分で調べたわけでも、興味があったわけでもない」
「それでも、僕に教えてくれたのは鉢屋先輩ですから」
 意図が伝わらなくてもどかしそうにする庄左ヱ門を、これ以上否定する由もない。
「そうか?」
「はい。そうです」
 尊敬と敬愛の入り交じる瞳を見ていられず、三郎はふいと視線を逸らした。
 山の向こうに、半月よりやや太りはじめた十日夜の月が昇っている。隊列を組んだ雁の群れが、その前を横切ってゆく。路傍に咲く彼岸花がうそ寒い風に揺れている。
 月も、鳥も、花の名も。誰が付けたかは知らないが、それを誰が教えてくれたのかは、ずっと記憶に残るものだ。三郎がそうであるように、庄左ヱ門にとってもそうであるならば。
「そろそろ行こう。日が沈む」
「はい」
 子らの明るい歌声がする。
 秋の日は、そうしてゆっくりと暮れてゆく。

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