5番「月の剣」 雷蔵
ぼんやり/美しい/鋭い
西の空に三日月が輝く。この時間、三郎は鍛錬場の裏手にいる。
授業で使う忍具をしまう倉庫の影になっているそこは、昼間は日が当たらずじめじめとして、滅多に人が近づかない。そんなところに三郎がいると知っているのは、仲が良いといわれる五年生の中でも、おそらく雷蔵くらいなものだろう。
放課後の人気の少ない鍛錬場を横切り、竹垣の目隠しを回り込み、用具倉庫の裏に足を踏み入れる。並んだ杉の木が西日に照らされて長く影を落とすそこには、案の定人の気配がある。
雷蔵は建物の影に隠れるようにして、そっとその姿を視界に入れた。
竹で作った標的をいくつも並べて、そこに向かって手裏剣を打っている。それは一見、一年生でもやる、基礎的な手裏剣の練習に見えた。しかし、彼がその手に持つのは三日月の形をした刃——鏢刀。一つ扱いを間違えれば容易に使用者自身を傷つける代物であり、四方手裏剣や棒手裏剣とは訳が違う。付け加えるならば、人型に見立てた的は全て、その中心、人でいう頸動脈の位置にしか傷が付いていない。
鋭い視線で標的を見据えて、三郎が鏢刀を打つ。
右手、左手、振り向きざま、飛び上がりながら。何度も何度も、ひたすらに打つ。放たれた鏢刀はその時々で的を変えながらも、全てが中心へと吸い込まれるように突き刺さる。その行為が呼吸と同等に身に染みつくまで、指先の感覚が敵の喉元に届くようになるまで、単調ともいえるその訓練を繰り返す。
普段、調子の良い言葉で後輩を煙に巻き、生意気な態度で先輩を揶揄う彼は、今ここにはいない。どこまでもひたむきに、愚直なまでに基本に忠実に、同じ動作を繰り返す三郎は、まるで彼自身が研ぎ澄まされた一片の刃であるかのようであった。
雷蔵は呼吸も忘れて、その様をじっと見つめた。
美しいと思った。手裏剣の練習というごく日常的な動作が、彼が美女に化けて舞を舞う姿よりもなお、美しく思えて仕方がなかった。
どれほどの時間が立ったのか。
ついに鏢刀の数が尽き、三郎は的の前に立ち尽くす。完璧とも言える結果を前にしても、喜ぶでもなく、驕るでもなく、三郎は淡々として見えた。流石に集中が切れたのか、頭巾を取って、ふうと大きく息を吐き出す。わずかに上がっていた呼吸を一瞬で整える。
それから唐突に、三郎はくるりとこちらを振り返った。ぼんやりしていた雷蔵は、突然ばちりと視線が合って、思わずたじろぐ。
その様子に、三郎がにやりと笑う。
「見てたな。雷蔵のえっち」
「えっ……、って、何が!?」
「人のこと盗み見るなんて、助平のすることだろが。雷蔵、意外と好き者ね」
「やめろよ人聞きの悪い!」
「あーあ、腹減ったな。言いふらすのはやめるから、雷蔵も片付け、手伝ってくれよ」
「あーもう、わかったから……」
手を頭の後ろで組んで、三郎はいつものように調子の良いことを言いはじめる。
雷蔵はほっとしたような、なんだかもったいないような、不思議な気持ちで、彼の元へと歩を踏み出した。
いつの間にか夕日は山の向こうに隠れ、辺りは残照が照らすばかりである。
代わりに輝きだした細い三日月が、空の上で笑っている。


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