30番「月隠り」 双忍
手探り/見えない/闇
一年生の頃、三郎はことさら暗闇を怖がる子どもだった。彼の出自について詳しく尋ねたことは無いが、思えば彼は町の子であったのだろう。あるいは、遅くまで明かりを使える金持ちの家の子か。
一般的な農村に育った雷蔵にとっては、暗闇は身近で、特別忌避するようなものではなかった。しかし、明るい夜を知っている三郎にとって、忍術学園で迎えた初めての晦の夜はさぞや恐ろしかったに違いない。
山間部に位置する学園は日が落ちるのが早い。高学年になれば自習のために明かりを付けていても怒られないが、低学年の内はとくに、無用な夜更かしは厳禁とばかり、灯明を付けるための油も多くは配られなかった。
その夜は天気が悪く、月もなければ星の光も届かない、まことの夜だった。びょうと風が吹くたび扉が音を立てて揺れ、間もなくして雨が降り始める。人の話し声も足音も聞こえない部屋は、まるで世界から切り離されたようでもあった。
「三郎、もう火を消さないと」
先に寝支度を調えた雷蔵が声を掛ける。三郎は布団に入らず、がたがたと鳴る扉の向こうをじっと見つめていた。
「うん……」
ぽつりと返事をして、ようやく寝床へと入る三郎。その頃既に、三郎は雷蔵の顔をしていて、雷蔵のように振る舞うことが多かったから、このときの彼の頼りない返事の仕方は、妙に雷蔵の気を引いた。
「消すよ」
灯明に息を吹きかけると、煙の匂いとともに暗闇が部屋に押し寄せる。一寸先も見えない、まっ暗やみ。普段なら、目が慣れるに従ってものの輪郭が浮かび上がるが、今宵の闇はどれほど目を凝らしても、何も見えそうにない。
衣擦れの音で、三郎が布団を被ったのがわかる。ぎゅっと布団を強く握りしめた手が見えるような気がした。
雷蔵はほんのお節介の気持ちから、三郎の名を呼んだ。
「三郎、怖いの?」
「……雷蔵は怖くないの。こんな真っ暗なのに」
布団の下からくぐもった声が返る。いつも気丈な三郎が妙に弱々しい声を出すので、雷蔵はいくぶん気を使って答えた。
「うーん。一人っきりだったら怖いかもしれないけれど。三郎がいれば怖くないよ。三郎は、僕がいても怖い?」
「……真っ暗になると、見えなくなるだろ。きみがそこにいるのはわかっていても、想像してしまうんだ。もしかして、知らぬ間にきみが違う誰かに入れ替わっているんじゃないか、とか、きみの声がしても、そうじゃなくなってたら、とか……」
「ふうん……」
想像力が豊かなんだな、と感心した。今までそんなことを考えたことがなかった。
試しに、我が身に置き換えて考えてみる。三郎が知らぬ間に違う誰かに入れ替わっていたら。三郎の声がしても、そうじゃなくなっていたら。
自分は、三郎が三郎だと、気付けるだろうか。
「……っ」
雷蔵は、今までなんとも思わなかった暗闇がなんだか急に恐ろしくなって、手探りで三郎の布団に手を伸ばした。探し当てた三郎の手をぎゅっと握る。
「雷蔵?」
突然手を掴まれて、三郎が困惑しているのがわかっても、手を離そうとは思わなかった。
「……こうしていれば、ずっと僕だってわかるだろ」
「いいの?」
「いいよ」
おずおずと三郎の手が開き、ひんやりと湿った指が雷蔵の手を握り返す。安心したのか、三郎がほ、と息を吐く。雷蔵は逆に、手を握る力を強めた。
外は嵐だ。一寸先も見えない。どこまで続くかもわからぬ闇夜。
それでも二人、手を繋いでいれば、きっとはぐれることは無いと思えた。


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