ワードパレット:lunar phase

10,401 文字

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19番「不知夜月」 勘右衛門

一晩中/照らされ/優しく


 中秋の名月で月見がしたいといつものごとく学園長が思いつかれ、学園総出でお月見大会を催した翌日。三郎は見事に体調を崩して寝込んでいる。
 雷蔵によると、昼までは騙し騙し授業を受けていたらしい。実技の授業でずっと出ずっぱりだった勘右衛門は、夕方に戻ってきてからようやくその事実を知った。
「実はこの後、泊まりで委員会の買い出しに出かけなくちゃいけなくて」
 聞けば、八左ヱ門も実家の用事で今朝から学園を不在にしているという。そうなるとあいつはこれから、一人きりで長屋に取り残されることになるのか。一晩中、一人きりで。
「行ってあげなよ」
 隣で話を聞いていた兵助が、そう言って勘右衛門の背中を押す。
「うん。そうする。悪いけど夕飯は」
「豆腐なら持っていくよ」
 夕食の当番を兵助に任せて、三郎の看病に向かうことにした。豆腐の申し出については三郎次第だ。少しなら入るかもしれない。量さえなければ、彼の豆腐は絶品である。
 新しく汲んだ水と手ぬぐいを持って三郎の自室を訪れる。薄暗い部屋の中、布団を頭まで被った三郎は、部屋の奥を向くようにして横になっていた。
「大丈夫かあ」
 布団の脇に腰を下ろす。雷蔵が用意しただろう湯飲みの水は減っておらず、出しっぱなしの薬包も飲んだ形跡がない。呆れた溜息を一つ。
「水くらい飲め。それとも兵助の豆腐、食べるか」
「……」
 もぞり、布団の中に更に深く潜り込む様に、仕方ないなと手を伸ばす。
「そんなんじゃのぼせるぞ。顔出しな。無理に薬は飲ませないから」
 気持ち優しく声を掛けると、三郎はようやく体を仰向けに直して、そっと布団の隙間から顔を覗かせた。面を被っていてもわかるほど顔が赤い。口が半分開いていて、ずいぶん呼吸が苦しそうだ。それなのに布団を被っていたのでは、余計苦しかっただろうに。
「馬鹿だなあ」
 万感の思いを込めてそう呟くと、心外だとばかり睨まれた。赤く潤んだ目でそうされてもなにも恐ろしくはない。
 お月見の準備の最中にもいやな咳をしていると思ったのだ。もともと三郎は季節の変わり目に弱い。高学年に上がってからそう頻繁に体調を崩すことはなくなったが、ここのところ朝晩急に冷え込むようになった。その上、前日に裏々山までススキを取りに行った際、通り雨に降られたのも良くなかった。
 それなのに、おばちゃんが丹精込めて作った月見団子を生徒全員に配り、学園長が所望された月見酒を教師長屋に差し入れし、いつもなら後片付けは明日で良いかと無精するのを、最後まできっちり終わらせて。
 あのときも「大丈夫か」と声を掛けた。ひらひらと手を振るばかりで、まともに取り合ってはくれなかったけれど。
「馬鹿だよ、おまえ」
 何か言われる前に、水を絞った手ぬぐいを瞼の上に載せてやる。開いた口からは文句の代わりに、ほ、と溜息のような空気が漏れた。
 こうなる前に言えばいいのに、意地っ張りで見栄張りで天邪鬼の三郎はきっと、こんな風にしか甘えられない。困ったやつだ。そんな彼の弱った姿を見られることに、確かな喜びを感じている自分も。
「馬鹿だなあ」
 ゆっくりと昇り始めた十六夜の月に照らされて、勘右衛門は苦く笑う。
 三郎のくるしげな呼吸は、いつの間にか、おだやかな寝息へと変わっている。

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