「いくぞ三郎!」
雷蔵の、名を呼ぶ声が好きだ。後ろを振り向きもせずに、そこに三郎がいることを、応と返されることを疑いもせずに、信頼に満ちた声で雷蔵が名を呼ぶ。迷い癖のある雷蔵が、きっと三郎のことだけは迷わない。絶対に裏切らないという確信とともに呼ばれる名前は、三郎の宝物だ。それだけずっと、雷蔵の呼び声に応えてきたし、これからもずっと応えてゆく。
二人一組の実習で、今期の成績のかかった重要な場面だというのに、勝手に持ち上がってしまう口角。返す声音からは喜色を消しきれず、あとでまた真剣にやれと怒られるだろう。これでも真剣なつもりなんだが、いつだって、雷蔵に名前を呼ばれるのが嬉しくてたまらないから、こればかりは仕方がない。
武器を構えて、雷蔵の飛び出した後に続く。未来は見えずとも、雷蔵の背中が見えている限り、なにも恐れる必要はない。
「任せろ雷蔵!」
「こらっ、三郎! 真面目にやれ!」
八左ヱ門に、叱られるのが好きだ。こう言うと語弊を招くが、先生にも先輩にも半ば匙を投げられている三郎の悪戯や気まぐれを未だにいちいち咎めてくれるのは、今となってはもう八左ヱ門くらいしかいない。
実習がてらの忍務で敵を巻くのに、本来必要ではないおちょくり方をしたせいで、八左ヱ門は憤慨している。真面目にやってもやらなくても結果は同じなのだから、少しでも楽しい方が良いだろうと、ちょっとしたサービスのつもりだったのだが、根が真面目な八左ヱ門には通じない。まあ、それをわかっていて敢えて彼の前でそうしてみせる三郎が、悪いといったらそうなのだろう。それが八左ヱ門の良いところで、でも今は少しだけ力が入りすぎていて、普段はしない失敗をしそうだった。
肩の力を抜けよ、と言う代わりに、三郎は両手を挙げて、降参の意を示す。
「わかったわかった、だからそう怒るなよ八左ヱ門」
「三郎、出番だ」
兵助の、静謐な瞳に正面から見つめられるのが好きだ。あの切れ長のきれいな瞳が、自分にだけ向けられる。抱いてはいけぬ独占欲が、その瞬間だけは確かに満たされる。
お行儀の良い優等生の顔をして、その実誰よりも苛烈な性格をした兵助は、まっすぐな性格そのままに超近接武器の寸鉄を得意とする。長く細い指の影から突如飛び出す尖った切っ先。視線同様に鋭い先端がぴたりとこちらに向けられる。
得意武器を用いた一対一の戦闘訓練。寸鉄相手に鏢刀は分が悪い。としても、それを言い訳にする気は一切ない。懐から取り出した三日月の形の刃を指に挟み、その感触を確かめる。間合いを詰められる前に如何に機先を制するか、それが要となるだろう。
彼我の距離はまだ遠い。だというのに、喉元に刃を当てられているような緊張感。背筋がびりびりと震える。勝負の刻は今。
三郎は声を張り上げる。
「さあて、始めようか兵助!」
「どうする、三郎?」
勘右衛門の、ちらと向けられる流し目が好きだ。ただ信用されているだけではない、さあおまえならどう考える、と人を試すような、それでいて悪意のない無邪気な視線が好きだ。
学級委員長なんて因果な商売をしているせいで、一筋縄でいかない性格なのはお互い様。そのはずなのに、こいつはいつだって「自分はなんにも知りません」という顔をする。何もかも計算尽くでやっているとしたら大したものだが、今じゃあこれがこいつの素なのだと、もう勘ぐることを諦めた。
勘右衛門の頭の中がどうなっているのか、それは誰にも分からない。しかし、彼の言葉の裏にはいつでも信用と期待があって、全ては勘右衛門の手のひらの上だとわかっていても、毎度三郎は奮起してしまう。だが、そのやりとりが何より楽しいのだから世話はない。
今回も三郎は、にやりと笑って、とっておきの策を勘右衛門の前に開示する。
「そうだなあ。じゃあ、こういうのはどうだ、勘右衛門」


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