ワードパレット:Winter

9,034 文字

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No.13 雪見酒(長鉢+雷)

あつい/酔い/その横顔に


 図書委員会恒例ともいえる図書室の大掃除は、結局今年も朝早くから夕方いっぱいまでかかってなんとか終わった。本を全て棚から下ろしてやるものだから時間もかかるし大仕事だ。これも毎年のことだが三郎が、掃除が終わる頃に甘酒を持ってねぎらいに来た。もちろん図書委員の人数分と、自分の分までちゃっかり持って。
 図書室は火気・飲食厳禁なので、甘酒は廊下で配られた。縁側に足を下ろして、熱〜い、甘〜い、と一口ごとに言い合う怪士丸ときり丸。それを「うるさい、静かにしろ」と叱りながら、ふうふう息を吹きかけてばかりでなかなか甘酒を口にできない久作。
 微笑ましく眺めているところに、お盆を持った三郎がやってくる。
「雷蔵も、お疲れさま」
「うん。ありがと」
 鉄瓶から湯飲みに甘酒を注いでくれたものを両手で受け取る。水仕事で冷えた手に、過ぎた熱がじんと伝わってくる。立ち上る甘い香りに顔を近づけると、鼻から肺にまで暖かい湯気が入り込む。
 熱い湯飲みに口をつけるふりをして、雷蔵はそっと三郎の姿を目で追った。残り二つになった湯飲みを持って、三郎は一、二年生を挟んで反対側にいる中在家の横に並んだ。
「中在家先輩も、どうぞ」
「……」
 すまないな、と中在家の唇が動く。その肩越しに、雷蔵を模した横顔が覗いている。
「いいえ、雷蔵に渡すついでですから」
 つんと澄ましたその横顔に、雷蔵は心の中で苦笑いした。
(嘘吐け)
 寒いのが苦手なくせに、いずれ部屋に帰ってくる同室を待たずに、わざわざ図書室まで足を運ぶ理由。甘酒という口実まで携えて、雷蔵ではなく中在家の横に座る理由。
 さんざ人の顔で悪さをするし、実技でも忍務でも大胆なことを平気でするくせ、恋愛ごとになるととたんに奥手になる。素顔を隠しているのを引け目に思ってか、あるいは元々の性格なのか。こと中在家が絡むと急にかわいらしくなる相棒のことが、雷蔵は嫌いではなかった。
 しかも、こんなにあからさまなのに、あれで雷蔵にもばれていないと思っているのだから、余計に。
「今日は冷えますね」
「……」
「甘酒、いかがですか」
「……」
「それは、よかった」
 片耳で三郎と中在家の会話を聞きながら、雷蔵はちょうど良い温度になった甘酒を、一口こくんと飲み込んだ。すっきりとした甘さが喉を滑り落ちる。ほう、と息を吐いたそのとき、視界にひらり、白いものがよぎった。
「あれ、雪だ」
「どおりで寒いと思いました」
 雷蔵のつぶやきに、隣で久作が頷いた。
「日も暮れてきたし、みんなそろそろ部屋に戻ろうか」
 中在家と三郎を二人きりにする心づもりもあって、雷蔵がそう促すと、甘酒を飲み終えていた久作、怪士丸、きり丸の三人は素直に立ち上がった。
「鉢屋先輩、甘酒、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「はい、どういたしまして」
 三郎は座ったまま、手を振って応える。三人の後ろ姿を見送って、さて自分も、と立ち上がろうとしたところ、雷蔵の目の端で、三郎が大げさに中在家の腕を避けたのが見えた。
「雪が」
 ひとひら落ちた雪の結晶が、三郎のかもじに付いたのだと。それを取ろうとしたまでと、言葉少なに説明する中在家。その視線は訝しむように、どう考えてもおかしいくらい大げさにのけぞった三郎に注がれている。なんなら勢いが良すぎて、縁側から転げ落ちそうになっている。下級生が去った後で良かった。
「……どうかしたか」
「よ、酔いました」
(嘘吐け!)
 普段の調子はどこへやら、余りにも下手な嘘に、雷蔵は頭を抱えそうになる。素直に身を任せれば良いのに、なぜそこで避けるのか。あまりにも奥手すぎて、自分から機を逃していたら意味が無かろうに。
 二人を置いて先に立ち去るつもりだったが、果たしてそうしてよいものか。
 悩み出した雷蔵をよそに、鉄瓶の甘酒はほかほかと、未だ湯気を立てている。

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