ワードパレット:Winter

9,034 文字

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No.4 枯れ山(長次+雷蔵)

無言/目を伏せる/待つ


 遠い山に日が落ちてゆく。
 雷蔵は、忍術学園の正門の壁に背中を預けて、それをじっと眺めた。
 夕刻からずっとこうして、雷蔵は人を待っていた。つい先ほどまで同室の鉢屋三郎が一緒に待っていたが、学園長に呼ばれてしまって今は一人きりだ。
 街道に木枯らしが吹く。西の空が赤く染まり、太白星がぽつんと光る。カラスが巣に帰って行くのを見送って、遅いなあ、と雷蔵は独り言つ。
 委員会の下級生たちにお使いを任せたのだ。二年の久作、一年の怪士丸にきり丸。本当は委員長の中在家長次か、雷蔵のどちらかが着いていくつもりだったけれど、生憎どちらも用事が入ってしまった。それなら日延べしようかという案も出たが、きり丸がどんと胸を叩いて言うのだった。
「任せてください。これくらいなら、俺たち三人でできますよ!」
 これまで何度か委員会の皆で行ったことのある、某寺の門前市。そこで図書委員が作った写本を売って、代わりに図書室にない古書を買ってくるのだ。簡単そうに聞こえるが、雷蔵が躊躇うのにも理由があった。
 買い付けリストはもちろんあるが、本の目利きは意外と難しいし、そもそも本はこの時代、高級品である。子供が持っていると目をつけられやすい。本来は上級生が着いていくべきだ。
 久作は不安そうだったが、一年のきり丸が「できる」と言うのを否定するのは、二年のプライドにかけて言い出せない。怪士丸はにこにこして、僕たち三人でやってみたいなあときり丸の肩を持つ。
「うーん……でも……」
 どうしたものかと悩む雷蔵の肩を叩いて、中在家はきり丸たち三人に向かって一言、「任せた」と告げた。三人が一斉に表情を明るくするのを見て、はっと気付く。着いていって見守るだけではない。時には任せることも、上級生の役割なのだと。

 それでも、雷蔵の心配は消えない。思ったより帰りが遅いのも相まって、雷蔵は夕暮れが近づく時分からもうずっと、正門の前で待っている。事務員の小松田さんが、門の内側で灯りをつけた。今日の分の外出届で、まだ戻らないのは三人だけらしい。
 日は沈み、今や残照だけが西の空を照らしていた。東の空はもう夜の色。日暮れとともに、気温はぐんと下がってゆく。雷蔵の胸を一抹の不安が過る。
 かたん、と背後で潜り戸が音を立てた。振り向くと中在家が、その長身を屈めて門の外へと出てくるところだった。
「先輩……」
 一体誰に聞いてここへ来たかは分からない。しかし雷蔵は咄嗟に、ずっと待っていたことを知られたくない、と思った。中在家のように、後輩を信頼して任せることもできないのだと、器の小さい男なのだと、先輩に知られたくないと思った。
 内心の不安を隠して、雷蔵は笑った。
「せ、先輩も、遅くて様子を見に来たんですね。僕もちょうど今——」
 言い繕う雷蔵の肩に、ぽん、と中在家の手が乗る。その手のひらの温度に、自分の体がずいぶんと冷えていたことを知る。それは中在家も同じだろう。どう誤魔化すこともできない状況に、雷蔵は目を伏せる。却って恥ずかしいことをしてしまった。
「私も同じだ」
 恥じ入る雷蔵の耳に、ぼそり、と。ともすれば聞き逃しそうな、しかし慣れた大きさの声が届いた。
「……え?」
 雷蔵は顔を上げる。問い返しても、中在家はそれ以上は言わない。ただ無言で、一つ首を縦に振る。
 そのとき遠くから、「あっ、先輩!」という声変わり前の少年の声が、乾いた風に乗って聞こえてきた。雷蔵と中在家は揃って、暮れなずむ街道の先へと視線をこらす。
「中在家せんぱーい! 不破せんぱーい!」
「遅くなって申し訳ありませーん!」
「大漁っすよ、もう、大っ漁!」
 交互に、三人の子供たちの声がする。今にも夕闇に紛れそうな長い影が、手を振って走り出す。背後で小松田さんが、遅いよお、と入門表を持って顔を出した。
 よかった、と。雷蔵は胸を押さえて安堵の息を吐く。
 その肩をぽんぽん、と二度、中在家の大きな手が労った。

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