ワードパレット:Winter

9,034 文字

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No.6 朝霜(雷鉢)

くるくる/楽しくなる/小さな音


 綿足袋の下に草鞋を履いて、縁側から一歩。何気なく踏み出した足の下で、さく、と小さな音が立って、三郎は慌てて足を引っ込めた。
「……」
 引っ込めたつま先をもう一度、慎重に土に下ろす。
 ざくり。
 その音を聞くなり口元をほころばせた三郎は、草履のままの膝歩きで、急いで縁側を戻って部屋の戸を開けた。中ではまだ相方が眠っている。
「雷蔵、ねえ、雷蔵」
「んー……」
「起きて雷蔵! 霜柱ができてるぞ」
「しもー……」
「そう、霜柱」
 んんん、と寝ぼけ眼を擦り擦り、ようやく身を起こした雷蔵は、三郎が開けた戸から入り込む朝の光に目を細める。否、眩しいだけではない、じっとりとした抗議の意図を視線から感じる。
 確かに、人より身支度に時間がかかるのもあって、もうしっかり制服に着替えて袢纏も身につけている三郎に対して、雷蔵は寝間着一枚の体を寒そうに掻い巻きで覆っているだけだ。開いた戸から入り込む冷気が身に染みるのだろう。
 戸を閉めたいのはやまやまだが、草鞋を履いたままなのでそういうわけにもいかない。これは一刻も早く、雷蔵を連れ出すしかない。
「霜柱が、どうしたって……?」
 あくび混じりの声で雷蔵が尋ねた。
「え、だって、昔私が霜柱をひとりで全部踏んでしまったら、きみ、泣いて怒ったじゃないか」
 ばたん、と急に布団に顔を伏せる雷蔵。
「一体いつのことを言ってるのさ……」
「一年生の時かな。かわいかったなあ、あのときの雷蔵」
「……よく覚えてるよ、ほんと」
 呆れた口調で、しかし今ので目が覚めた雷蔵は、ようやく身支度を始めた。掻い巻きを脱ぎ捨てて袢纏を着込む。寝間着のまま足袋だけつけて、ついでに井戸で顔を洗ってこようという心づもりで手ぬぐいを懐に入れた。
 縁側に出て、草鞋を履くの待って、雷蔵の手を取る。手を取られた雷蔵はきょとんと目を丸くしたが、仕方ないなあとばかりに握り返してくる。
「いくよ」
 ざくり。
 一歩踏み出した二人の足下で、音が鳴る。
「ん、ほんとだ」
 草鞋越しに、霜柱がぎゅっと潰れて折れる、ここちよい音。なんだかんだ言っていた雷蔵も、足を踏み出す度にざくり、ざくりと崩れてゆく霜柱に楽しくなって、その場で小さく足踏みをし始める。それを真似て、三郎もまた足踏みをした。
 そうして二人して踏み残したところを探していたら、いつの間にかその場でくるくると回り出すことになった。
「あはは、おかしい、これ」
 手を繋いだまま回っていることに、雷蔵が軽やかな笑い声を上げる。それを見て三郎も笑う。
「楽しいね」
「うん、楽しい」
 雷蔵が楽しいのなら、三郎も楽しい。ひとりで霜柱を踏んでも、こんなに楽しくはならない。不思議だな、と思う。雷蔵の隣にいると、こんななんてことのない日常でさえ楽しくなる。
「ありがとう、三郎」
「なにが?」
「おまえが一緒だと、こんなことでも楽しいよ」
 まさに今考えていたことをそっくりそのまま言葉にされて、三郎は身が震える思いだった。口元がむずむずする。顔がにやけるのが止められない。衝動のまま、わっと雷蔵に飛びついた。
「雷蔵! 大好きだ!」
「うわっ、ちょ、三郎!」
 三郎に抱きつかれた雷蔵が、蹈鞴を踏む。
 その足下でまたざくり、と、小気味の良い音が鳴った。

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