ワードパレット:Winter

9,034 文字

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No.17 冬日陰(雷鉢)

隠れてキス/なんてね/暗いところ


 午後の授業がない日のこと、ランチのあとしばらく経ってから忘れ物を思い出した雷蔵は、誰もいないはずの教室に戻り、そこに自分の姿を見つけた。もちろん、不破雷蔵に変装した鉢屋三郎の姿である。
 どうにも見当たらないと思ったが、こんなところにいたらしい。普段は人の集まる場所を好む三郎は、どういう気まぐれか、たまに姿を消すことがある。変装して人の中に紛れているのか、本当に誰も来ない場所にいるのか。今日に限っては後者のようだった。
 まだ未の刻(午後二時)過ぎだというのに、冬の日は傾ぐのが早い。教室の半分は影に入り、半分がまだ明るく照らされている。その暗い方に三郎はいた。畳の上に寝転がって、ぼんやりと外を眺めている。
「そんな暗いところで、なにやってるの?」
 自分の席に筆入れを見つけ、懐にしまいながら、こちらに気付いていながらさっぱり動かない三郎に、雷蔵は声を掛けた。
「んー……、ひかげぼっこ、かな」
「……具合でも悪い?」
「はは、心配性だ、雷蔵は」
 元気だよ、と三郎は体を起こす。だが、あくまでも暗いところから出てこない。雷蔵のいる場所にはまだ日が差していて、まるで二人の間にぴっと一本、線が入っているようだと思った。
「なんでそんなところに?」
「最初はここにも日が差してたんだけど、ぼんやりしているうちに日が移動してしまった」
 ふわあ、と大きなあくびをしながら三郎は答える。なんとなく、本当になんとなく、三郎の隣に並ぶのではなく三郎をこちらへ呼びたくて、雷蔵は言葉を探す。
「こっちに来たら? こっちのほうがあったかいよ」
「うーん……」
 三郎は眠そうな目を擦る。それからふと、窓の外を見上げて目を眇めた。雷蔵はまた、なんとなくではあるけれど、その仕草を「いやだな」と思う。
「ここはここで、いいものだよ。明るいところにいる時より、お日様が眩しく見えて、あったかい気がする」
「だめだよ」
 即座に断じた雷蔵に、三郎が首をかしげた。
「僕はそんな暗いところ、行きたくないよ」
 何を言っているんだろう、と自分でもおかしな気持ちになりながら、雷蔵は日なたから三郎を見下ろした。
 別に三郎を探しに来たわけではない。隣に居なければいけない理由もない。なのにどうしてか、むしょうに三郎を日陰に置いておきたくはなかった。
 その視線を受けて、何を思ったのか三郎がふっと笑った。
「なら、私がそっちへ行きたくなるようにしてくれないか」
「例えば?」
「例えば、そうだな。なにかきみからご褒美がある、とか」
 雷蔵はしばし、三郎を見つめた。そのまま動かないでいると、すぐに誤魔化すようにそっぽを向こうとするのは三郎の悪い癖だ。その隙に、無防備に投げ出された腕へと手を伸ばす。
「なんてね——、っ」
 掴んだ腕を引っ張って、明るいところへ連れ出して。驚いた顔が雷蔵を向く。琥珀色の瞳がきらきらと光る。その輝きに安堵を感じながら、日差しの下で、お日様に隠れて口づけをする。
「こういうこと?」
 長いようで一瞬の口づけを経て腕を離してやると、三郎は慌てて手で口を押さえた。
「はー……きみって」
 それきり口を噤んで言葉を探した三郎は、ふと何かに気がついたように己の居場所を見渡した。明るいところに、二人、立っている。
「確かに、こっちのほうがあったかい」
 でしょう、と言う代わりに、雷蔵はこつんと、同じ高さの肩に肩をぶつけたのだった。

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