ネロが買い出しから戻ってみると、魔法舎はしんと静まり帰っていた。
「あれ?」
迂闊な人間が間違って迷い込んだりしないように、魔法舎には結界が張られているから、不用心ということはないが、こんなことは今までなかった。皆出払ってしまっているのだろうか。
西の国の魔法使いたちは賢者と一緒に任務に出ている。だからここ数日はいつもより静かだった。南の国の魔法使いたちとリケは朝からティコ湖にピクニックへ。五人分のランチボックスを用意するのは手がかかったが、チビどもの笑顔には換えられない。ヒースクリフとシノは里帰りで、今日明日の食事はいらないらしい。ファウストは、そういえば午後から出かけると言っていたっけ。
魔法舎の面々の行方を思い浮かべながら、ネロは魔法舎の中を見て回った。空っぽのエントランスホール。干しっぱなしの洗濯物。キッチンで誰かが使ってそのままのコップ。流しに片すついでに買ってきた食料を置いて、食堂へと回り込む。
「誰もいないのか?」
何かが動く気配がして目をやるが、飾られた花瓶の花が音もなく崩れて散ったところだった。それきり動かない空気に息を一つ吐き、ネロは廊下へと出た。
長閑な日差しが長く伸び、間延びした窓の形の影を作る。風が木々を揺らし、鳥が囀り、時折雲が流れてゆく。まるで日常の中にひとり取り残された気分だ。一人分の足音が、誰もいない魔法舎に響く。
ゲームの途中で放り出されたカードが散らばる談話室。図書室には読みさしの本が伏せられて置かれたまま。地下のバーへの扉は閉め切られ、クローズの看板が揺れている。
昼食の後、オズが双子先生に捕まっているのを見た。別件で討伐依頼があるのかもしれない。北の魔法使いも一緒だったか? ブラッドリーはともかく、残りの二人は神出鬼没で、数日顔を見ないこともざらだ。今朝は見かけたが確か昼はいなかった。アーサーとカインは昨日の晩に城の用事で出かけていって、まだ帰らない。
——二十一人の魔法使い。指折り数えて、むすんでひらいて、二度繰り返す。再び開いた手のひらを、ネロはじっと見下ろした。
せっかく買い出しに行ったのにと、ひどく味気ない気持ちで。でもたまには、こんな日もいいかと思い直して。少し賑やかなのに慣れすぎたと、忍び寄る寂しさを気のせいにして。空っぽの手のひらをエプロンのポケットに突っ込んだ。
そのときだった。
「そこに誰かいるのか?」
明朗な声がした。振り返ると、さっきまで誰もいなかった廊下の先に人影がある。黒い服。赤い髪。腰に吊った長剣。
「騎士さん」
「その声は、ネロか?」
そういう彼が立っているのは、ちょうど、ネロが元来た方向だ。その先には談話室。図書館。バーがあり、食堂、キッチン、エントランスホールへと続く。もしかしたら、彼もネロと同じ光景を見てきたのかもしれない。
誰もいない魔法舎の光景。
ネロはカインに近づいた。彼は笑っていたが、少し疲れて見えた。
「お疲れさん。王子さんはどうした?」
「アーサーはまだ用事があって、俺だけ先に帰ってきたんだ」
その後、次の言葉まで、一呼吸、間があった。
「誰もいないのかと思った」
相変わらず彼は笑っていたけれど、頼りなさげに視線がふらりと揺れたので、ネロは最後の数歩を大股で詰めた。ポケットから出した手のひらで、思いっきり背中を打ってやる。
「おわっ!?」
情けない悲鳴が上がる代わりに、ようやくぴたりとあった視線。その瞳の奥に安堵の色が浮かぶ。
——誰もいないのかと思った。
「大丈夫、ちゃんといるよ」


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