無貌の記憶

1,443 文字

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「なんだこれ」
 書棚の整理をしていたロマーノは、下から二段目、右から数えて三つ目の引き出しの奥深くに角の折れた写真が挟まっているのを見つけた。
 引っ張り出して、折れたところを指先でのばし、光の下に曝してよくよく眺めてみる。
 そうまでしても、やはりなんだかよくわからない写真だった。
 色味が褪せていて、全体的にセピアがかっている。写っているのはなんの変哲もない道のように思えた。舗装の敷かれていない、赤茶けた砂利道である。元々は抜けるような青色をしていただろう、雲ひとつない空は、緑がかって端の方が黒ずんでいた。それともこれは、時間の経過によるものでなく、カメラの性能だろうか。
 道の真ん中に白っぽいピックアップトラックがとまっている。ちょうど、トラックの後ろを写すようなアングルだ。
 その荷台には男が三人ばかりと、あとは何が入っているか分からない、なんにでも使われていそうな木箱が無造作に積んであるのがわかる。
 木箱もそうだが、男たちも「無造作に積んである」と言っていいような体だった。一人は奥の方に腰掛けて何か果物を齧っている。中央に二人男が座っている。片方は中腰で立ち上がろうとしたかそれとも座る最中か。なんにせよ中途半端な格好だった。
 もう一人、黒髪で短髪の男――この人物だけは帽子をかぶっていなかった――は、どうやら彼だけはまっすぐカメラのほうを向いている。というのも、写真は全体的にぼけていて、これは専ら撮影環境か撮影者の腕かのどちらかが悪かったに違いないのだが、そのせいで人物がどんな顔をしているとか、どこに視線が向いているだとかというのはほとんどわからないのだった。
 とにかく、ロマーノには、この男だけがカメラに注目しているように思えた。
「なんだこれ」
 依然としてこの写真の由来が分からない。
 さらに分からないのが、写真の左下、褪せた道端の上にマジックで適当に書きなぐられた文字である。
 アルファベットが書いてある、という以上のことがさっぱりわからないほどの悪筆だった。文字にして十文字程度、もしかしたらどこか繋がっていてもっと多いのかもしれない。
 読めない。何語かもわからない。最後にエクスクラメーションマークが付いている、とそれしかわからない。
 低く唸って、何気なく写真を裏返すと、そこに自分の名前、それと昔住んでいた家の住所が書かれているのにようやく気がついた。
 表と同じ筆跡で書かれた住所と名前は、届かないと困ると思ったのか、これは一応は読めた。宛先の住所はだいぶ長いこと住んだ家だったから、やっぱり記憶には引っかからなかったが、ようやくこれが郵送で送られてきたものだということが分かった。絵はがきなのだ、ようするにこれは。
 裏側には確かに切手と消印の痕跡も残っていたが、何かの拍子に削れてしまったのか、擦り切れていて読みとれなかった。
 加えて、差出人を示すものは、どこにも何も見当たらない。

 総合して、とにかく何の写真だかさっぱりわからない、というのがロマーノの結論だった。
 映っている風景も、人物も、書きこまれた文字も、これを自分が持っている理由も、下から二段目、右から数えて三つ目の引き出しにしまい込まれていた訳も。
 分かるのは、この引き出しが自分にとって思い出深く大切なものをしまう場所であるということだけだ。
 不可解を大量に抱えながらも、ロマーノはその痛んだ写真を、元の引き出しにひょいと放り投げたのだった。

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