毎年飽きもせず、新しい桜の歌が歌われる。今年もその季節がやってきた。
菊やすみれや、杜若の歌はないくせに、と思いながら、日本はなんだか愉快な気分になった。
毎年のことなのである。何年、何百年、何千年と経とうとも、この季節だけは地に足がついていないような、体の一部が自分のものではないような、どこかふわふわした心地が付き纏う。
それは日本にとって、決して不快なことでなかった。ああ今年も、その季節がやってきた。草の芽や花の蕾が、今か今かと待ち構えている。きっと自分もそれらと同じなのだろう。
馴染みの飲み屋からの帰り道、ぽつぽつと果敢なげな街灯が照らす道を、ことさらゆっくりと歩く。
どこかで夜鳩が鳴いている。踏み切りの降りる音がする。それは静かな夜だった。
春は夜にも平等に訪れる。月が春霞に霞んでいた。もしかしたら酔いに塗れた両目のせいかもしれないが。
民家の庭先から零れた枝に、梅の花が咲いていた。日本は足を止め、すうと息を吸い込んだ。冬のように身を切る風はないが、空気は冷たく肺を満たす。甘い香りが匂った気がした。
今年もまた桜の歌ができる。来年もできるだろう。再来年も、その次も。
春が来ているのだ。涙が出そうな佳い夜だった。


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