日本はイタリアに対して、漠とした憧れをもっている。
憧れと言うだけならば日本は、アメリカやイギリスをはじめとした欧米の諸国に対しても大いに抱いているのだ。洗練され、昇華された文化、自国とは全く違った歴史、繊細な芸術、広大な大地。その髪や目の色ひとつとっても憧れないところなどない。
イタリアに対して抱くのもそれと似たような感覚だろうか、と自問してみるも、どうやら少し違うようだ、と日本は少し前を歩くイタリアを見て考えた。
休日ともなればローマ市街は人でごった返す。なんとかはぐれないようについていっているが、イタリアときたらまるで向かってくる波をすいすいと泳ぐように、大した苦労もせず人ごみを分け入るので、日本はたまらず声を上げた。
「イタリアくん! ちょっとまってください」
「んー? 日本どうしたの? ……わっ」
振り返ったイタリアは今までの軽やかな足取りが嘘だったかのように、あっけなく人ごみに引っ掛かった。慌てて日本が助けに入る。
「あー危なかった。ありがと、日本」
「いえ、私が呼びとめたのが悪かったですし。……それにしてもすごい人ですね」
「まあね、観光地だから仕方ないよ」
もともと、日本がローマのコロッセオを実は一度もきちんと見たことがないと言ったのが始まりだった。日本だってイタリアに「清水寺も金閣寺も見たことがない」なんて言われたら少なからずショックだ。それはイタリアも同様だったらしく、それはだめだ、見に行こう、今行こう、今すぐ行こう、と引っ張られるままに連れられて、二人はこうして人の波を泳いでいるわけである。
「会議がちゃんと終わってよかったね」
「ええ、そうですね」
たまたま昨日の世界会議がイタリアで開かれていたことも忘れてはならない。さすがのイタリアとてアメリカや日本で会議があった日にいきなりローマ観光に繰り出すことはない――と信じたい。
転びかけたイタリアは日本が差し出した手を取ったまま、また歩き出した。子どものように手を引かれる姿はあまり人には見られたくない。周りから見たらどうだか知らないが、日本は彼よりずっと年上の自覚があるのでなおさらだ。そう思って声をかけるも、
「こうしてればはぐれないものね」
名案とばかりに返されれば日本はもう何も言うことができなかった。
トラットリアで軽食を食べ、スペイン広場を冷やかし――混雑でとてもではないが長居できそうになかった。ローマの休日にスペイン広場でジェラートなんて作り話に違いない、と日本は思った。当然である――、適当なところでタクシーを拾ってコロッセオまで乗りつけた。
石でできた巨大な建築を見上げ、イタリアがうれしそうに笑う。彼はもう何度も見ただろうに、眩しいほどに笑うので日本は却ってコロッセオよりもイタリアの顔をまじまじと見てしまった。
「すごいよね、これ、じいちゃんが作ったんだ」
そうか、と納得する。これは彼が受け継いだもの。彼もまた憧憬を抱いているのかもしれない。それが、日本がイタリアに抱くものと同質であるかはわからないが。
例えるならば太陽のような。と日本はようやく言葉にすることができた。
言葉で例えるならば、太陽に対するような、手に届かないものを欲しがるような、誰にでも等しく注がれる光に焦がれるような。
日本はイギリスのように誠実でありたいと思う。アメリカのように野心的でありたいと思う。ドイツのように真面目で、フランスのように社交的で、スペインのようにおおらかでありたいと思う。
でも、イタリアのように、とは思わない。それは彼に見習うべき点がないというわけではなく、彼は日本にとってまさに太陽であるから。
近づきすぎて羽を溶かしたイカロスは愚かだ。どんなに遠くにだって、彼の光はどこまでも届く。
「日本! あそこから中もみれるんだよ! 行こう!」
「はい、はい」
彼の行く手が太陽に重なって、日本は眩しそうに目を細めた。


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