母神の名を抱く

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 彼が愛する馬の名はダナ、美しい鹿毛の牝馬だ。

 フランスがイギリスと初めて会った時、彼はすでにその馬を連れていた。まだ生後一年も経っていないような幼い馬だったが、イギリス自身の体も子供のものだったので丁度よかいみたいだった。
 自分の背ほどもある大きな弓矢を抱えた幼子は、仔馬にまたがってフランスを迎えた。あの深緑の瞳もそうだが、仔馬の黒い瞳が限りない知性をたたえて自分を見つめていたことを、フランスはそのとき抱いた戦慄とともに鮮明に覚えている。
 それから幾許かの時間がたち、少なくとも武器を手から離して二人並んで会話ができるようになった頃。会話する環境は満たしてはいたが、イギリスはあの頃今よりもさらに無愛想だった。
 こちらがいくら話を振っても長続きしない会話にいい加減飽き飽きしたフランスは、ふとあの馬――立派に成馬に成長したあの鹿毛の馬の姿を視界に入れ、「いい馬だな」とつぶやいた。
「ダナっていうんだ」
「ダナか。いい名前だな」
「……やらないぞ」
「いらねえよ」
 その馬の名を知ったのは、そんなどうということもない会話の中でである。

 それからイギリスとの付き合いは何十年、何百年と続いていくわけだが、フランスの記憶にある限りイギリスの馬は鹿毛ばかりだった。それもどこにも斑のない、純粋な茶の毛並みの馬だ。鬣は体毛よりは黒っぽく、流れるように艶があった。
 鹿毛は馬の中でも最もありきたりな色だったから、色で選り好みしなければ鹿毛の馬を選ぶことが多くなるのは当たり前だ。戦闘において葦毛や月毛は目立つから、あえて鹿毛を選んでいるとしてもおかしくはない。
 それにしても、彼の馬はいつもまったく同じような外見をしているので、まさかイギリスのお家芸、妖精か妖怪の類ではないだろうなと訝んだこともある。しかし、会う時々でその馬は若駒であったり年老いていたりと年齢がばらばらで、やはりただの馬であるようだった。流石に突拍子のない妄想にすぎなかったと、その時はそれで納得していたつもりだった。

 百年戦争の最中であったと思う。
 こちらの砦に向こうの軍が攻め込んできた。あの頃は守る戦ばかりしていたので、それがいつのなんという砦のことかはよく覚えていない。
 勇ましくも先頭に立って指揮するのはイギリス本人で、弓兵たちはいっせいに彼を狙った。周囲の騎馬が次々と倒れる中、いい加減矢の一本や二本当たってもいいと思うのだが、とんだ強運がついているのか、動体視力がずば抜けているのか――フランスは後者である可能性が高いと思っている――肝心のイギリス自身にはさっぱり当たらない。
「馬を狙え!」
 フランスが指示を飛ばさずとも兵たちは了解していただろうが、その矢先のことである。一本の矢がイギリスの馬を――あの葦毛の美しい馬のしなやかな前足を、真っ直ぐに射抜いた。高く嘶いて棹立ちになり、葦毛はイギリスを振り落とした。振り落とされたイギリスが無様に地を転げている間に、動かぬ的と化した葦毛は立て続けに何本も矢を受け、そしてすっかり動かなくなった。
 イギリスが倒れたのをきっかけするように、既に壊滅の気配が強かったイギリス軍は一気に敗走に転じた。
 それだというのに、イギリスは黒い影の傍に蹲って、しばらくそこから立ち去る様子がなかった。遠目だったので何をしているのかまでは窺えず、フランスはその場から動かない彼に対してもう一度攻撃の命令を出すべきかどうか悩んだ。将兵に呼び出され一度奥に引っ込んで、それから再び戻った時には流石にイギリスの姿も消えていた。イギリスという目印がなくなったせいか、あれだけとびきりの名馬に見えた葦毛も戦場に転がる多くの馬の死骸のどれだったか、まったく見分けがつかなくなっている。それがまるで、イギリスとともに姿を消したかのように、フランスには思えてならなかった。
 そういえば、彼がことのほか馬を大事にする性質であることに思い当ったのはそれから数日後のことで、軍事文書をやりとりするついでに「新しい馬を送ろうか」と付け足してやれば(もちろん冗談である)、次の手紙で「間に合っている」と返された。
 その言葉通り、次に顔を合わせたときにはイギリスは、何事もなかったかのような顔でまた同じような鹿毛の牝馬に跨っていた。

 アメリカのガキの独立戦争よりは後、フランス革命のどたばたよりは前のことだったろうか。よく覚えていないのはきっと大した用事ではなかったからだろう。とにかく、その頃にイギリスの家を訪れたことがある。
 生憎彼は留守で、まだ若いフットマンがフランスを出迎えた。それが妙に気さくな男で、客人相手に主人が何の用事で出かけたかまでぺらぺらと喋りだす。
「ええ、ダナを連れて遠駆けに。おそらく夕方までにはお帰りになると思うのですが」
「ダナだって?」
 聞いたことのある、しかしまさかここで聞くことになろうとは思わなかった名が飛び出て、フランスは思わず聞き返した。フットマンは当然、自分の言葉の不親切さに気づいて付け足す。
「マスターの馬の名前です、お客人。今日は特別天気がいいので――」
 男の言葉を片手で遮り、フランスは思わず髪をかき回した。
「いや、そんなことは知ってるさ。そうじゃなくて、ああ、――ああ、そうなのか。あの馬はダナというのか……」
 とんでもない事実を知らされたような気がして、フランスはそれ以上何を言うわけでもなく宙を見上げた。フットマンは不審そうにしているが、取り繕う気にもなれなかった。

 何に対して絶句したのか、言葉でそれを言い表すのは難しい。
 フランスの推測では、彼はおそらく昔からずっと自分の馬にダナと名をつけ、彼女が死んで新しい馬を見つける際にも同じ色を選び、同じ名をつけ、そしてまた彼女の死を看取り、次の日には新しい馬を見つけ――それをずっと繰り返してきたのだ。あのティル・ナ・ノーグの森で出会った時から今の今まで、ずっとだ。
 動物は結局、人の生の時間よりも短く散る。それが国である自分たちであればなおさらで、自分たちはその死を認めて次の生と付き合っていかねばならない。そうすることで人というのは成長していくもので、国もまた然りなのだ。
 彼は、イギリスは、ダナという名の馬に限ったことかはわからないが、それができなかったのだろう。彼の馬はダナ以外の何者でもなく、彼女以外の馬は存在していない。もしかしたら彼女の死自体を認めていないのかもしれない。
 それはイギリスとダナ、双方にとって悲しいことだ。そして見る者にしてみればその様は痛々しい。
 死を認めず、永遠の生を幻想する。それは誰もが夢見ることでありながら、実現してしまえばひどく危ういものであるから。

 ……そう、そういう風に、言葉にできればどれほど楽だったろう。フランスは自分の言葉が彼に影響を与えるだけの力を持つとはとても思えず、また、彼の中の危うい何かに触れて均衡を崩すかもしれないと思うと、あえて言葉にするだけの勇気も、責任感も、持ち合わせていなかった。

 古いもの好きだと思われたイギリスが、新しく発明された自動車という乗物にいちにもなく飛びついた時には驚いたものだ。面と向かってその理由を尋ねるような真似をフランスはしなかったが、ある時酔いに任せてその話を振ったことがある。
 イギリスも大概酔っぱらっていたので特に感慨にふけるような素振りはしなかったが、
「道具は大切にすればいつまでも使えるからな。生き物は、すぐに――」
 一度は発したその言葉を琥珀の液体で喉奥に流し込んだイギリスは、気だるい仕草でカップをテーブルに置いた。それ以上何も言う様子がなかったので、フランスは無言で、空になったグラスに残りを注いでやった。
 彼が自動車を使うようになって以来、フランスはダナの姿を見なくなっていた。彼の屋敷を訪れる際にそれとなく覗いた厩には動物の気配は微塵もなく、もの寂しい気配が、そこが使われなくなって久しいことをフランスに伝えた。

 彼の言葉の裏に、あの美しい馬の影がちらついていたのは確かであり、そしてそれが既に消化されたものであったことに安堵する。
 フランスはどこかでずっと気になっていたことについての回答をようやく得て、人知れず息を吐いたのだった。

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