こんぺいとう、ひとつ

3,239 文字

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 日本は手の中のそれを見て眉をハの字に曲げた。
「どうしましょうねえ……」
 見かけと言動とは心底困っているようだが、実際のところは裏腹に、日本はそれほど困っているわけではなかった。
 そこにあるのは自分の握りこぶしほどの大きさの、小さな包みである。口紐をほどいて広げればふわりと甘い匂いが漂った。色とりどりの欠片が覗く。金平糖、だ。
 日本はそこから一粒、薄浅葱の色を摘むとぽいと口に放り込んだ。歯で優しく潰すと、儚いほどほろりと溶けて舌の上で消えてしまう。
「甘い」
 それは幸せな味ではあったけれど、日本には一粒で十分だった。小さな包みとはいえ、ずしりと重いそれは一人で食べきるには多すぎる。
 なぜこんなにたくさんの金平糖を日本が持っているかといえば、別に自分で買い求めたわけではない。町に出たときに顔馴染みの子供がくれたのだ。顔なじみの庄屋の一人娘は自分もたくさんもらって食べきれないと言って、日本にひと包み分け与えた。自分もそんなに甘いものが得意なわけではないと、断ることができればよかったのだが。諾々ともらってしまったわけだから、こうやって今悩みの種になっているのだ。
 薄浅葱に桜に、柳に黄檗。白い粒が一番多いけれど、それに混じる鮮やかな色は見た目に美しい。畳の上で懐紙に広げた金平糖は、宝石のように光って見えた。女子供の食べ物だと見下すわけではないが、それにしても自分には似合わないと思う。近所の寺子屋まで行って分け与えてこようか、それとも向かいの家の三姉妹にあげれば喜ぶか。

 はて如何しようかと袖に手を突っ込んで悩んでいたところ、障子にうすらと子供の影が浮かぶのが見えて、日本は数度瞬いた。そういえばこの家には、どうやら物の怪が住み着いているらしいのだ。以前から何度か見かけるようになったその姿を思い出して日本は微笑んだ。赤い着物におかっぱの、少女の姿をした物の怪である。
 すこしだけ開いていた障子の隙間からおずおずと顔をのぞかせるものだから、日本は人間の子供にするのと同じようにそれに呼びかけた。
「なんです、そんなところにいないで、入るのなら入りなさいな」
 おいで、と言外に含ませれば、少女の姿をしたそれは嬉しそうに居間に入ってくる。
 物の怪といえば、日本が京の都にいたことろから何かと世間を騒がせるものだったが、日本の知っているそれと「これ」とはどうも勝手が違うようだった。妖の類が出るのは誰そ彼刻か丑三つ時と相場が決まっているものだと思い込んでいたが、この少女は朝でも昼でも構わずに屋敷の中を走り回る。かといって、なにか日本が不自由をしたということはないのだ。はて、その元は狸か狐か、それとも化け猫か。一昔前であればそれ、方違えだ祈祷だ、まじないだ退治だと、よくも妖怪ひとつでこれほど騒ぐというほど騒いだものだが、さてどうするか。
 しかしよくよく考えてみれば人でないというだけで追い払われるのはかわいそうではないか。なにせ人でないのは自分も同じ、それだけで忌み嫌うのは気が引ける。無害であれば問題はないだろうと、だから日本は近寄ってきたその子をそう判じた。
「そうだお前、食べますか」
 果たして物の怪がものを食べるのかどうかは知らないが、畳に広げたその菓子を興味津々と見つめる様子は、どうにも人間の子供と変わらない。包みをまとめて持たせてやれば、物の怪は目をきらきらと輝かせ大事そうにそれを抱えた。
「そうですか、気に入りましたか」
 よしよしと頭を撫でてやると、くすぐったそうにして日本の手から逃れる。するりとまるで猫の仔のように逃げだしたその子はぱたぱたと足音も軽く部屋から出て行ってしまったが、嬉しそうに笑った顔が日本にはきちんと見えていた。
「貰っておいてよかったかもしれませんねえ」
 さっきまで持て余していた菓子のことはどこへいったのやら、あどけない笑顔を覗かせた少女を見て、日本はふと笑んだのだった。

「おいお前、こんなところで何やってるんだ」
 イギリスが声をかけたのは、どうやら日本には見えていないらしい少女に対してである。日本人形のような造形をした愛らしい顔の少女は、日本の家の庭でなにかを見上げながら悲しそうに佇んでいた。
 少女の隣に屈み込んで見上げる方向を同じにすれば、生垣の上に紙でできた毬のようなものが引っ掛かっているのが見える。紙風船というのだったかな、と日本が話していた記憶を引っ張り出して、ようやく彼女が何を困っているのかに気が付いた。
「なんだ、とれなくて困っているのか」
 こくこくと頷くので、イギリスはそれなら容易いことだと、ひょいとそれを摘んで少女の掌に落としてやった。ぽとんと落とされたそれを勢いのまま、少女はそれを二三度宙に撞いて、上目づかいにイギリスを見上げてにっこりと笑った。
「俺がいなかったらどうしたんだよ」
 日本には少女の姿が見えない。昔は見えたらしいが、今はもう見えなくなってしまったらしい。今日はたまたまイギリスがいたからよかったが、常ならばあの紙風船を取り戻すことはできなかったはずだ。
「今度は気をつけて遊べよ」
 そろそろ日本が呼びに来るころだと思ったので――日本に急な電話が入ったので、その間勝手に席を外していたのだ――、それだけ告げて戻ろうとしたのだが、それを阻むように少女がくいくいとイギリスのジャケットの裾を引っ張った。
「なんだよ」
 少女はイギリスに、何か身振り手振りで示そうとしている。
「手を出せって? なんだ、こうか?」
 少女の真似をして手でお椀を作り差し出すと、我が意を得たりとばかりに少女は頷き、イギリスの両手の中に、ぽとりぽとりと何かを落とした。

「イギリスさーん」
「日本」
 縁側の先に立って日本がイギリスを呼んでいる。つっかけはイギリスが履いているから、ここまで来られないのだ。
「ああ、本当にすみませんでした。つまらない用事の話でしたよ」
「いや……勝手に出歩いて悪かったな」
 イギリスが縁側に腰かけると、日本もその横に腰を降ろした。
「いえいえ、そんなことは。……おやイギリスさん、何を持ってるんです?」
 落とさないように片方の手でもう一方に蓋をしているイギリスを見て、日本が不思議そうに首をかしげる。そうだった。何を貰ったのだろうか、まだ確認していなかった。
 イギリスがそっと手をどけると、そこにはほんのりと優しい色のついた欠片が五つほど乗っていた。日本がおや、と目を見開く。
「金平糖ですね。どうしたんですか?」
「さっき貰ったんだ。これは……子供が食べる菓子か?」
「そんなところですね。砂糖菓子です。甘いですよ」
 なんとなく目で促されているような気がして、イギリスはその中からペールピンクをした一つを摘まんで、口に運んでみた。さり、と小さな音を残して、それは一瞬で消えてしまう。日本のお菓子らしく、あまり主張しないやさしい甘みだ。ほんわりと幸せの味がする。
 イギリスがそう言うと、日本は、もともとうちのお菓子というわけでもないんですけど、と付け足しながらもどこか嬉しそうにする。
「ひとつ頂いても?」
 イギリスが頷くと、日本は薄い青の欠片を指の先でそっと選んで口に運んだ。
「そういえば昔私も、食べきれないほど貰ったことがありましたよ。……あの時は――」
 日本はどこかまぶしそうな目をして縁側の庭の先を見つめた。イギリスもつられてそちらを見たが、さっきまでいたはずの日本髪の少女はもう見えない。
「あの時は――どうしてんでしたっけ」
 日本が小さくつぶやくのが聞こえたが、それは聞こえるか聞こえないかというほど小さな声音だったので、イギリスはあえて聞こえていないふりでぼんやりと庭を眺めた。
「どうしたんでしたっけねえ」
 日本がもう一度繰り返す。
 誰もいない庭が、静かに西日の中に浮かんでいた。

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