取材

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(独+藤散策回想ネタバレ)


 司書へのねぎらいの言葉を集めよう、と藤村と頷き合った直後である。それにしても、と独歩は感慨深い声を上げた。
「あの司書さんも、愚痴とか言うんだな」
 独歩の知る特務司書は、文学知識にはややおぼつかないところがあるものの、文豪の無茶な要望にも柔軟な態度で応える度量の広さを持つ一方、無理なものは無理と断る芯の強さを兼ね揃えた人だ。もちろんアルケミストとしての能力は館長の折り紙付きなのだが、その一方職業柄とでも言うべきか社交性は皆無で、少ない口数と動かない表情からなんらかの感情を読み取るのは至難の業。よくぞ藤村はそんな司書から新聞に仕立てられるくらいの情報を引き出したものだと感心する。
「国木田、司書さんの愚痴に興味があるの?」
 司書に負けず劣らず感情の薄い声をした藤村が、取材内容を書き留めてあるのだろう手帳を捲りながら聞いてくる。独歩はそれに当然と答えた。
「新聞に載せるわけにはいかないだろうけど、興味はあるな」
「ふうん。例えば、……そうだね」
 目的のページを見つけたのだろう、藤村はページに指で軽く開きぐせを付けてから自分のとったメモを音読し始めた。
「『アカアオ両研究員から、召装は撮らないのかとの勧誘が増している。断りづらい営業先からの電話を受けているようで辛い』」
「ははあ! あいつら、金取るもんなあ」
「『退勤後に館長の文学論を聞かされる。飲み代を持ってくれるのはいいが、毎週となるといい加減断りたいが、これも勤め人の宿命か』」
「あの人、若いときは文学青年で鳴らしてたって聞くぞ。今度は館長に取材するのもいいかもな」
「『文豪からの備品購入申請に何故かシーツが多い。そうそう駄目にするようなものではないと思うが、地味に予算を圧迫して困る』」
「へえ? シーツねえ。ま、寝たばこで焦がしたりするやつが多いんだろう。心当たりのやつにちょっと釘刺しといてやるか。っていっても、俺たちじゃあなさそうだもんなあ——」
 錬金術師を名乗る司書の小市民的な愚痴を微笑ましく聞いていた独歩だが、なぜだろうか、そのあたりからどこか雲行きが怪しくなってくる気配を感じる。
(いや、まさかな……)
 そんな独歩の内心など知らない藤村は、淡々と次を読み上げた。
「『文豪寮に野良猫が住み着いたらしい。それも数匹。発情期なのかよく鳴き声が聞こえると苦情を受けて探してみたが、それらしい痕跡は見当たらなかった』」
「ふ、ふうん……? 猫、なあ……。見たことないけどな」
 ちなみに現在は春まだ遠き二月下旬。これが本当に発情期だとしたら随分季節外れだ。——いや、たぶん発情期なのだろう。そうに違いない。そうであってほしい……たとえ誰にも猫の姿が目撃されていなくとも。
 薄い望みに賭けてみた独歩だが、しかしその次が決定打となった。
「『去年改装して作った檜風呂が短期間で撤去されたのは配管が詰まって床下が大変なことになったせい。誰かがあそこで《ごく個人的な行為》をしたものと思われるが、《あれ》は熱で固まるから下水に流してはいけない』」
「う、嘘だろ……」
 まさか、あれが。あのせいで文豪全員に歓迎されたあの檜風呂が撤去されていたとは。何も知らなければ「上から流石に何か言われたのかな」くらいにしか思っていなかったのに、自分たちの犯した過ちのせいとわかると途端にいたたまれなくなる。
 わなわなと震えだした独歩に、藤村は一言、
「うん。嘘だよ」
「へっ?」
「途中から僕の作り話。びっくりした?」
「な、……あ、あのなあ!」
 叫ぶ一方、心底安心して脱力する。藤村はそんな独歩の姿を見ても何も言わないが、目だけがどこか興味深そうに光っている。あっけにとられたり怒ったりほっとしたりと、こんなに忙しいのは久しぶりだ。振り回されるより振り回す方が圧倒的に多いと自負する独歩だが、藤村の前だとどうも分が悪い。まあ、今のところ彼が花袋と独歩の仲を知っている唯一の人物であるから、それも仕方が無いことなのだろうが。
「あーよかった……。司書さんにまでばれてるかと思った……」
 はあ、と安堵の息をついた独歩に対し、藤村はかくんと小首を傾げてみせた。
「ばれてないといいけどね」
「あ? だって……アンタの作り話なんだろ?」
「途中からそうだとは言ったけど、《どこの》途中からとは言ってないね」
 せいぜい気をつけなよ、と嘯く彼をその後いくら問い質しても、独歩はついぞ彼の嘘の範囲を教えてもらえなかった。


(第3回花独ワンドロお題使用)

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