その男を見た時、込み上げてきた感情はなんだったろうか。
旧友と再び出会えたことに対する喜び? 前世とは似ても似つかない、だが確かに面影を感じさせる立ち姿に感じた郷愁? 細い頤がこちらを向いて、その瞳がはっと見開かれたことへの期待? 彼が自分と同様にこちらを認識して、同じように心動かされてくれたことへの安堵?
「かたい、」
その声の朗とした響き! 五月の、清涼なる一陣の風のごとき声に名を呼ばれて、しかし不意に跳ねた鼓動は真に感動だけによるものだっただろうか。そこになにか別の感情は交じっていなかったか。
先にいってしまった友への未練。どこを探してももう二度と彼に会うことはできないという諦観。握りしめた拳の中に錯覚するのは一葉のはがき。間に合わなかった後悔、悔恨、自責。それらがぐるぐると渦を巻いて今再びとった形は、——絶望。
その声が次に紡ぐ言葉を、随分前から覚悟していたはずだった。どんな呪詛も、暴言も、悪態も、甘んじて受けよう。なぜなら自分はそれだけのことをしたのだ。親友と、最も頼れる友と呼んでくれた男の、最後の頼みを果たせなかった——その責めは受けなくてはならない。そう、覚悟していたはずだった。
だがどうだろう、実際に彼を目にしてしまえば、思い出すのは美しい思い出ばかりだ。日光での共同生活、お互いの家を行き来した日々、仲間を交えて戦わせた文学論、おだやかな語らい、手紙のやりとり、貸し借りした書物の数、並んで歩いた道、巡る季節、回る星、そして、ああ、あの丘の上での出会い!
今再び、彼と出会うことができたのは万に一つもない僥倖である。それは十分にわかっていた。しかしこれから先の人生に前世のような幸福な思い出が築かれることはないのだ。自分の前世での裏切りがゆえ、彼は二度と自分を友とは呼ばないだろう。
罵られる覚悟はあっても、軽蔑される準備はできていなかったのだ、結局。
そう思ったら、自然と目から溢れるものがあった。頬を伝いつうと流れ落ちるそれは、どんな色をしていただろう。胸の内の絶望を写してどす黒く汚れていやしなかっただろうか。
「花袋、あんた、」
男は——独歩は、静かに涙を流す花袋につかつかと近づいてきて、目と鼻の先まで顔を近づけて、難しい顔をした。伸ばされた手は頬を張るためだろうか、目を閉じた方がいいだろうか、やりやすいように顔を差し出した方がいいだろうか。逡巡している内に、その白い指先が顔を包み、親指が涙の跡を強引に拭っていった。
「あんた、はじめてだな。俺の前で泣くのは」
独歩は笑っていた。困ったように、戸惑うように、薄くはにかんで、しかし確かに笑っていた。
その時込み上げてきた感情は、一体なんだったろうか。
(覚えて、ないのか)
絶望よりなお黒い、その感情の名は。
(第1回花独ワンドロお題使用)


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