ワードパレット:Kiss

5,463 文字

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No.22 蜜の奥(雷鉢)

絡みつく/逃がさない/舌と舌


 もしかしたら三郎は、口吸いが苦手なのかもしれない。
 そう雷蔵が気付いたのは、二人が恋仲になって一月が経った頃だった。ままごとのような、唇と唇を合わせるものならいい。瞼や耳、首筋に落とす口づけも、くすぐったそうにしながらまだ許す。だが、舌と舌とを絡め合うような濃厚な口吸いにはすぐに逃げ腰になり、幾ばくもしないうちに両手を突っ張って、雷蔵の体を突き放す。
 そうされる度、性急すぎたかと身を引いていた雷蔵も、付き合って一月もする頃には、そろそろ慣れてはくれないかとじれったくなる。
「そんなに嫌かい?」
 今夜もまた、口づけが深まるにつれて身をよじり、最後には腕を突っ張って雷蔵を押しのけた三郎に対して、とうとう胸の内がまろび出た。三郎は、乱れた呼吸をそのままにして、雷蔵の胸を押した己の手を慌てて引き寄せる。ばつの悪い表情は、それが無意識の行動であることを示していた。
「……嫌じゃ、ないんだ」
「じゃあどうして?」
「どうしてと言われてもだね……勝手に、手が」
 どうにもできない、とでも言いたげな三郎に、ううん、と雷蔵は唸った。わざとではないと喜ぶべきか、体が勝手にと悲しむべきか。悩み出したら長くなりそうだ。
 幸い、打開策はすぐに思いついた。
「それなら、手を繋いでいればいいんだよ」
 こうやって、と言いながら、三郎が引っ込めた手に手を重ね、指を絡める。両手ともそうしてしまうと、雷蔵の方が力が強いこともあり、そう簡単に振りほどけなくなった。
「雷蔵、これ、なんか——」
「ね、名案だろ」
 手の自由が利かなくなった三郎が不安を口にするのを遮って、雷蔵は再び三郎へと唇を寄せる。
「ま、まって、らいぞ、……っ!」
 言葉を発するために開かれた口に、遠慮無く舌を差し込む。怯えたように奥へと引っ込む舌を、逃がさないとばかりに追いかける。その間にも、いつもならすぐに追い出されてしまう温かな口内を、雷蔵は心ゆくまで堪能した。舌で味わう三郎の唾液は、無味のはずなのにどこか甘い。
 大きく口を開けて、三郎の口を覆うようにして、奥で縮こまっている舌に追い縋る。指を絡めた手と手が不安定に揺れるのが煩わしく、雷蔵は三郎の体を押し倒し、その手を床へと縫い付ける。
「んんーっ!」
 抗議の声が鼻から抜けてゆくが、雷蔵に止めるつもりはなかった。いいや、止める余裕がなかった、と言うほうが正確か。
 夢中になって三郎の舌を吸った。雷蔵が舌を絡めるのに呼応するように、三郎の指が雷蔵の指へと絡みつく。繋がった手のひらの温度が一つになる。このまま三郎の奥まで入り込んだら、本当に一つになれる気がした。
「……っ、……っ!」
「っ、ふ、はっ」
 長い口づけにとうとう息が続かなくなって、雷蔵は口を離した。全力疾走した後のように、肩で呼吸をする。三郎はというと、口の端から唾液をあふれさせて、瞳の焦点を宙に彷徨わせている。閉じきらない唇と、赤い目元。両手を縫い付けられて、自由にならない体。
 ごくり、と喉が鳴る。
 熱を孕んで高ぶった体は、今更どうあがいても隠せない。三郎が逃げたがった理由が、今ようやく分かった気がした。だが、もう逃がしてやれそうにない。
 目下の体に、雷蔵は再び顔を埋めた。

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