No.9 瞬きの隙に(長雷)
可愛い罵倒/人目を盗んで/連れ込む
図書委員会の活動は様々あるが、主となるのはやはり、昼休みと放課後の図書当番である。その日の当番は長次と雷蔵で、昼休みはなるべく早くランチを食べ終えて図書室に来ることになっていた。
長次が図書室に着いたとき、部屋の前では数人が、委員が鍵を開けるのを待っていた。ほんの半刻(一時間)の短い休みではあるが、習ったばかりの授業の復習や課題のために、本を借りたいという生徒は多い。
開室してのち、本の場所が知りたいと言う生徒を案内し、また良い参考文献があるかと尋ねる生徒にはいくつか本を見繕って、貸し出し手続きの準備をしていると、雷蔵がいくぶん慌てた様子で図書室へと入って来た。
「すみません先輩、遅れまして……」
「いい」
上級生ともなると、授業が時間通りに終わるとも限らない。明らかに急いでランチを食べてきました、といった風の雷蔵に、苦情を言うつもりは毛頭無い。
が、しかし——。
「雷蔵」
貸し出し手続き用の長机の奥から手を伸ばし、近づいてきた雷蔵をこちら側へと連れ込む。え、と戸惑いの声を上げるのを気に掛けずに、長次は彼の肩を掴んで同じ目線まで引き下ろした。
「あの……?」
目の前で困惑の表情を浮かべる雷蔵。その後ろで、一人が本を読んでいる。また別の机では、何か資料を書き写す者。奥の書棚でも何人かが、本を探していることだろう。
その全員の動きを把握した上で、長次は雷蔵の首を引き寄せる。
「……!」
至近距離で、まん丸に見開かれた瞳を見ながら、ぺろり。唇と頬の境目に、舌の先で触れた。それは一度で終わらず、二度、三度、続く。最後に唇の端にちゅう、と軽く吸い付いてから、ようやく満足した長次は、雷蔵を解放した。
カチコチに硬直している雷蔵に、ふ、と笑みがこぼれる。口の端をかすかにゆがめる笑い方は、よほど親しい間柄でないと、笑ったとさえ気付かれない。雷蔵はしかし、笑われた、と明確に理解して、とたんにかっと頬を赤らめた。
「先輩……っ!」
小声で抗議する雷蔵の顔に、今度は指で触れる。
「ここに」
「……?」
「ソースが付いていた。Aランチを食べたな」
「……っ!!」
目の前で百面相をする雷蔵を、長次は興味深く見守った。顔色が赤くなり、青くなり、次にあたりを見回して、そしてようやく、いつまでもこうして机を挟んで向かい合っている方が怪しいと思い至ったらしく、いそいそと長次の隣に回り込んでくる。
そうして腰を落ち着けてから、そっと抗議の声を上げる。
「こんな、図書室で」
「人目は盗んだ」
しれっと答える長次に、雷蔵はぐっと言葉に詰まり、しばらくもごもごと口を動かしていたが、結局。
「……いけず」
「ふはっ」
その可愛い罵倒に思わず吹き出した長次を、今度こそ図書室中の生徒たちが振り返った。
世にも珍しい図書委員長のにやけ面。それを最前列で目撃して、その日の午後の授業が手に着かない者が、居たとか、居なかったとか。


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