ある日の放課後のこと。庭には何人かの忍たまがいて、思い思いに時間を過ごしている。雷蔵、三郎、八左ヱ門の三人も、そんな忍たまの一員として木陰で雑談に興じていた。
しかし、絵に描いたような平和な昼下がりは、突如として破られる。
「鉢屋。見つけたぞ」
何の前触れもなく六年い組の立花仙蔵が三郎の背後から現れたかと思うと、その肩を掴んだ。三郎はびゃ、と雷蔵を模した髢を逆立てるが、そちらを振り向くよりも先、反対側から同じく六年い組の潮江紋次郎が現れ、もう片方の肩に手を載せる。
「逃がすか、馬鹿者」
突如現れた先輩の姿に、三郎の横では八左ヱ門が目を白黒させている。正面に立っていた雷蔵でさえ、いつの間に二人の先輩が近づいたのか全くわからなかった。
「な、なんですか立花先輩、潮江先輩、いきなり!」
先輩二人に挟まれて、三郎は作り笑いを浮かべるので精一杯のようだった。やばい、と顔に書いてある。どうせまた悪戯でもしたのだろう。首筋に冷や汗を掻く三郎は気の毒だが、自業自得だ、雷蔵も八左ヱ門も口を挟むことはしない。
「ほう? あくまでもしらばっくれる気か? 心当たりならあるだろうに」
「思い出せないというなら思い出させてやろうか? ん?」
「いやあそんな、結構です……」
二人の先輩に両側から圧をかけられる三郎。身を竦ませるが逃げ場はない。頑なに非を認めない三郎に業を煮やしたか、初めは肩に乗っていた手が、逃がすまいと肩を組むように首筋に伸びる。
「あ……」
その光景を目の当たりにした雷蔵が、ふと何かに気付きかける。
「……ッ!」
——が、それよりも一瞬早く。
三郎はついに堪えきれなくなったとみえ、瞬時にその場にしゃがみ込んで二人の腕を外し、勢いのまま前転。距離を取った後は脇目も振らず、一目散に逃げ出した。
「こら! 待て!!」
「逃げるな!!」
「やです! 知りません! 私じゃありませーん!」
「何が自分じゃないんだ、言ってみろ!」
「逃げられると思うな! ばかたれ!!」
「あー……」
わあわあと言い合う三人の声が遠ざかる。雷蔵は今し方感じた既視感の正体にようやく思い至り、思わず呆けた声を漏らした。
「そんなに呆れてやるなよ。どうせいつもの悪戯だろ」
八左ヱ門が微苦笑して雷蔵を見やる。
「うん? ああ、違う。呆れたわけじゃなくて」
八左ヱ門が勘違いするのも無理はない。雷蔵だって、急にこんなことを思い出すとは思っていなかったのだ。
「あいつ、肩組まれるの苦手だったよな、ってふと思い出して」
「? そりゃ、おれだって先輩方にあんなんされたら怖いよ」
「それはそう。……じゃなくて。三郎さ、前は僕たちとも肩組むの嫌がってなかった?」
「そう言われると……そうだったかも?」
二人の頭には同時に、低学年の頃の三郎が思い出されている。
入学したての一年生の時から、既に素顔を隠していた三郎。得意げにクラスメイトの変装をして見せたかと思えば、先輩や先生にも遠慮なく悪戯を仕掛けるせいで、目の敵にされることも多かった。
そんな三郎だからこそ、人との距離を測り、不必要に人を近づかせぬよう、また自分も近づかないようにしていた。手を繋ぐ、肩を組むといった行為は、相手に近づかれた上に両腕を自由に動かせなくなるため、最も避けなければならない事態だった。
雷蔵たちは比較的早くに三郎と仲良くなったが、それでもなかなか手を繋いだり、肩を組むことは許してもらえなかった。両側から近づけばさりげなく距離を取られ、あるいはそっと手を振り払われる。その行為に何の衒いもなかった二人にとって、いつの間にか離れて行く手というのは不思議で、理解しがたく、そしてなにより寂しかった。
「あー、思い出してきた。三郎、昔はそんなだったなあ」
「一度大泣きして先生を困らせたことあったよね。三郎は僕たちのこと嫌いなんだと思って、悲しくなっちゃって」
「ああ、あったあった。『根気強く接していればいずれは心を開く』って、木下先生も野良猫を手懐けるようなこと言ってたっけか」
「野良猫って……ふはっ、確かに、そうだったかも」
「実際はとんでもない悪戯猫だったけどな!」
悪口というわけではないが、どこか内緒話じみた思い出話を誰かに聞かれるのは恥ずかしく、二人は肩がぶつかるくらいの距離でこそこそと笑い合う。
その二人の間に、ぬ、と影が落ちた。かと思うと、割り入るように肩の隙間に顔がねじ込まれる。
「なーに話してんだ」
「あ、三郎」
どこか憮然とした表情でぐいぐいと間に入ってくるので、雷蔵と八左ヱ門は一人分の隙間を空けてやる。
「立花先輩と潮江先輩は」
「撒いた。死ぬかと思った」
「なにやったの今度は」
「そんなの、覚えてるわけないだろう?」
「ほどほどにしとけよ」
「やなこった」
二人の間にすっぽりと収まって、三郎はようやく満足そうにふん、と鼻息をついた。
雷蔵は八左ヱ門だけにわかるように目配せして、そんな三郎の肩に手を回す。八左ヱ門も意図を察して、反対側から同じように三郎と肩を組む。
三郎は逃げもしなければ避けもせず、なんなら自分から両腕を二人の肩に回した。
「おほー」
「懐いたね」
八左ヱ門が感嘆の声を上げる。雷蔵にもわかる、改めて思い返した後だと、なかなか感慨深いものがあった。
話しについて行けない三郎は一人、疑問符を浮かべて交互に二人の顔を見た。
「……? なんだ?」
「何でもない」
「おまえが僕たちのこと、大好きって話」
「え? どういう意味? さっきから二人してなんの話してるんだよ、なあ!」
文句を言いながらも、三郎は二人の肩に回した手を離さない。
ぎゅうぎゅうと身を寄せ合って騒ぐ三人の声が、学び舎の庭にのどかに響いていた。


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