Grooming

3,364 文字

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 理容室《獅子の寝床》は中央騎士団の御用達だ。なにせ主人が騎士団上がり、先の戦で足を一本無くしてからは剣を鋏に持ち替えた。刃物の扱いなら右に出る者はそういない。
 今日の客も騎士団の上得意、騎士団長ニコラスは無駄口を好まないことでも有名だ。主人は黙っていつもの通り、伸びた分だけ髪を切り、ひげを当たって整えた。
「もし知っていたら伺いたいのだが」
 何もなければ一言も口をきかずに金だけ払って出て行くことさえある客が、不意に口を開いたので、主人は思わず剃刀を横に滑らすところだった。プロの矜持でなんとか堪え、素知らぬ顔で聞き返す。
「なんでしょう」
「最近はこのような髪型が流行っているのだろうか」
「このような、とは」
「つまり、私のような」
 主人は今し方整え終えた客の髪型を確かめた。濃灰の髪をうなじで括って背に垂らした、いわゆる馬の尻尾、ポニーテールというやつだ。
 主人は少しの間沈黙した。質問の意図を捉えかねていたからだ。客によっては流行廃りを過剰に気にする者もいるが、この人に限ってそれはない。現に主人はこの人から髪型の注文をされたことがなかった。いつも「同じように」の一言だけ。
 黙り込んだ主人をどう思ったのか、騎士団長ニコラスは再び口を開いた。
「……新入団の小僧どもが、こぞって同じ髪型をしているので」
「はあ」
 なるほど。主人は合点がいった。合点がいったあまり気の抜けた返事をしてしまった。客の視線が刺さって痛い。こういうときはさっさと言葉を継ぐに限る。
「それはそうでしょう。みんなあなたの真似をしているのです」
「私の真似?」不可解なことをきいたとばかり、騎士団長は片眉を上げた。「なぜ私の髪型など。いや、それはいい。なぜ私の髪型を田舎の小僧どもが知っているのだ」
「何をおっしゃる。この前あなたの記念メダルが出たじゃないですか。ほら。城内開放日にもらえるやつです」
 言われて、客は唸った。
「そんなこともあったかもしれない。だが、あんなもので髪型まで分かるのか」
「確認しなかったのですか」
「覚えがない」
「はあ」
 まるで興味のない言い草だ。仕方がないので主人はちょっと裏方に引っ込んで、物入れから一枚取り出して、それを持って表に戻った。
「これです」
「……なぜ持っている」
「城内開放日にグランヴェル城に行ったからですよ。保存用と布教用と、それぞれあと五枚ずつ貰ってあります」
「わかった。もういい。十分だ」
 ニコラス様は極力メダルを視界に入れないように、手で遮って椅子から立った。

 ◇

 《獅子の寝床》の主人が再びグランヴェル城を訪れたのは、次の城内開放日のこと。息子の嫁の妹の三番目の子の誕生日に、どうしてもメダルがほしいとねだられた。最近じゃ剣の上達のお守りにご利益ありとの噂である。
 主人にとって勝手知ったるグランヴェル城、記念メダルを貰った後は見学せずともよかったが、ふと目の前を横切った見習い騎士に目がとまる。昨日の客が言ったとおり、赤毛をうなじでひとくくり、小さな尻尾が揺れていた。洗濯物を山ほど抱えた見習いは、ろくに前も見ていない。あれでは危ないと思った途端、通りがかりの文官に真正面からぶつかった。
「あっ!」
「うわっ!」
「ご、ごめん! 大丈夫か?」
 まだ声変わりもしていない少年の高い声。幼い顔に大きな瞳、細い体に低い背丈。ポニーテールも相まって、少女のような風情である。ぶつかられた文官も同じことを思ったろう。騎士見習いの制服が目に入らぬでもないだろうに、横柄な態度で文句を付ける。
「大人に向かって『大丈夫か』とは礼儀がないな」
「あ、ごめ……申し訳、ございません」
 明らかに使い慣れない敬語で謝る少年を、あの不良文官、こともあろうに顎を摑んで上向けた。
「ごめんで済めば騎士団はいらないんだよ、お嬢ちゃん」
「おじょうちゃん? 俺は男だ」
「口がなってないな。敬語はママから教わらなかったか」
「俺は男です」
「本当に? その尻尾にはレースのリボンがお似合いだぞ」
 そこまで聞いて、堪忍袋の緒が切れた。今はしがない床屋の主人も元は騎士団の叩き上げ。賄賂と不正と性根の腐った文官がこの世で何より許せない。義足の右足を引きずりながらこっそり背後に近づいて、鉄芯の入ったステッキを思い切りよく引っかけた。
「うおっ!?」
「おや、これは失礼」
「無礼者! 何者だ、名を名乗れ!」
 地面に手をつき間抜けをさらした文官が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「第八十代騎士団長。三代前の騎士団長だと言ったほうがわかりがいいか?」
「は?」
 不良文官の顔色が変わる。信じられないとばかりに首を振る。
「いや、いや、そんな馬鹿な……。だが、しかし、聞いたことがある。隻脚の騎士団長——」
 床屋の主人の足下に文官の目が向けられる。
「足を見せた方がいいかね」
「け、結構。悪いが、私は仕事の途中でね。失礼」
 尻尾を巻いて逃げてゆく後ろ姿を見送って、さてと後ろを振り返る。さぞ怖い思いをしただろう、怯えて泣いてなければいいがと心配したが、さっぱり杞憂だったらしい。
「おじさん、騎士団長なのか!?」
 金の両目をきらきらさせて見上げてくる見習い騎士に、主人は笑って否定した。
「いやいや、あれはただのはったりだよ」

 ◇

 さて、再び、《獅子の寝床》である。
 二月に一度、きっちり数えたかのように顔を出す騎士団長が、まだ一月と経っていないのに来店した。そればかりか連れがいるのは初めてだ。
「いやだ! 俺は髪は切らないからな!?」
「うるさい、黙れ。おとなしくしろ」
 まるで嫌がる猫の子を風呂に引きずるが如く、ニコラスが首根っこを捕まえてきたのは、いつかの赤毛の見習い騎士である。
「おや、君は」
「あれ、あのときの」
 ぱたりと抵抗を忘れた少年に、疲れたようにため息をつく騎士団長。
「これの髪を」
「切らない!」
「せめてもう少し見られるようにしてくれないか」
 床屋の主人は目を丸くした。その横で、少年も同じ顔をする。
「……切らなくていいのか?」
「嫌なのだろう」
「でも、さっきは切れって言ったじゃないか」
「……」
 それきり黙った騎士団長の内心が、主人にはなんとなしに察せられた。相変わらずこの赤毛の少年、目鼻立ちが整っているのも相まって、ひとつに括ったポニーテールは少女のようにしか見えない。あの不良文官の言葉じゃないが、姿だけならレースのリボンが似合うと言われても仕方ない。おまけにどうやら本人にその自覚はないらしい。ある程度の実力なしには見習いにもなれないが、本人の剣の腕前がどうであろうと、大人と子供の差は大きい。か弱い少女と見くびられて厄介事に巻き込まれても、助けが間に合うとは限らない。その前に見た目だけでもどうにかしようと、ニコラスなりの気遣いは、だが少年には通じていない。
 なんて不器用。剣の扱いはあれほど器用だというのに。
「さあ、さあ、お客さん。椅子に座って。ニコラス様のご注文通り、かっこよくして差し上げましょう」
「私はそんなことは言っていない」
「お願いします! でも、絶対短くはしないで!」
 かくして少年の後ろ髪は、一部を長く残した上、他を短く梳いたことで、本人の希望を叶えつつ、ニコラス曰くの『見られるように』の要求も満たす、完璧なものに仕上がった。
「どうでしょう?」
 鏡の前で少年は、長く残った髪を撫でて満足げだ。
 施術の間、待合ベンチで本を読んで時間を潰したニコラスは、主人の言葉に顔を上げ、完成した髪型を見て、興味なさげにただ一言、
「いいんじゃないか」
と呟いた。

 ◇

 あの日のことを思い出す。
「いいんですか」
 長く伸びた濃灰の髪をすくい取り、床屋の主人は確認した。
「ああ。切ってくれ」
「……承知しました」
 一つに結わえたその根元に、銀の刃が差し込まれる。
 騎士団長の肩書きも、築き上げた功績も、すべてを置いて、西へ。その真意を主人は問わない。誰にでも転機は訪れる。それが彼の場合、今なのだろう。決断を咎めるつもりはない。
 髪を切るのは簡単だ。だが、鋏一つでなにもかもを切り落とせるかはわからない。
 無邪気な尊敬と憧れの視線を思い出す。
 絶対に切らないと言い切った、あの頑是無さを思い出す。

 じゃきん。
 刃が鳴った。

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