駅前通りの交差点。信号待ちのその間、花袋は何の前触れもなく、視界に入る紅色の正体をふ、と掴んだ。
「あ、なるほど」
「なんか言ったか?」
半歩前で暑い暑いとシャツを仰いでいた友が、気だるげに振り返る。
真夏の太陽に照らされて一層明るいその髪の色と、街路樹の今を盛りと咲き誇る花の色とが、ぴたりと重なって見えたのだ。
「お前に似てるんだ、この花」
「……なんだそれ」
信号が青に変わった。間延びしたカッコウの声が蝉の鳴き声に唱和する。友は——独歩は、花袋が歩き出すより先に横断歩道を渡り始めた。その背中に向かって話しかける。
「いっつもここ通るたび、なんかに似てると思ってたんだよな」
渡りきった先にも、街路樹は続いている。ビルの影に入って、日差しが遮られた分だけ暑さが和らぐことを期待したが、そんなことはなかった。熱風としか言いようのない風が、時折街路樹を揺らし、花を散らした。
先をゆく独歩が、振り返らずに言った。
「ずっと咲いてただろ。なんで今更」
「なんでだろうなあ……」
確かにそうだった。駅前の大型書店に用があるときには必ずこの道を通る。そしてその用事の大半には独歩が連れ立っていた。図書館にない雑誌が読みたいとき、話題の新刊を探すとき、ただ単に暇を潰したいとき。この夏ももう何度通ったか知れない。その間もずっと花は咲いていて、独歩はいつも隣にいた。
それなのになぜ今日まで気がつかなかったのだろう。
逆に言えば、なぜ今日、そのことに気づいたのか。
「——こんな伝説を知ってるか」
独歩が前を向いたまま話し出す。なぜか花袋の横にやって来ようとはしない。酷暑のせいで、人通りが多いわけでもないのに、前と後ろに並んで歩く。蝉の声がうるさかったが、独歩の声は不思議とよく届いた。
「ある村に旅の王子が立ち寄った。そこでは一人の娘が、今まさに龍神の生け贄に差し出されようとしていた。娘を不憫に思った王子は、龍神を退治する。二人はわりない仲になったが、王子は未だ旅の途中。『百日後に戻ってくる』と約束して旅を続ける。それから百日後、約束通り村に戻ってきた王子を迎えたのは恋しい娘の墓だった。娘は王子が旅立ってすぐに、流行病で死んでしまっていた。嘆く王子の目の前で、娘の墓からするすると一本の木が生える。その木に紅色の花が咲いたことから、これを百日紅、と呼んだ」
ロマンチックだがありきたりな物語に、特に感想が浮かばない。へえ、と曖昧な相づちでごまかそうとしたとき、ようやく独歩が振り向いた。
「俺は、待てるよ。いくらでも」
「……? それって、どういう」
日陰が途切れた。
白い横顔に日が当たる。細い首筋を、汗が伝っていくのが見える。その尖った顎の線に沿うように、紅色の髪。すっと筆で描いたような眉も、若葉の色した瞳を縁取る睫毛までもが、紅色をしている。
さっきもそうだった。さっきも、妙に彼の姿がよく見えたのだ。いつも見ていたはずの友の姿が、いつもよりずっとはっきりと見えた。だから——
「ひーみつ」
いたずらっぽく笑う彼の後ろに、百日紅。
人を花に例えるその意味に、花袋が気づくまであと少し。


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