マフラー

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「あーっ!! あいつ、また!!」
 花袋の部屋に本を借りに来た折だった。とくに予定もない午後で、暫く居座って最近図書館に入っためぼしい新刊についてやら、他の文豪から聞いた噂話やらの情報交換をしていると、ふと窓から外の景色が目に入ったらしい彼が突然に大声を上げるものだから、藤村はねこだましでも喰らったようにびくりと体を飛び跳ねさせてしまう。
「な、なに。びっくりした」
「悪い。でも……チッ、あいつ、またあんな薄着で」
 柄悪く舌打ちする花袋のいう「あいつ」はなんとなく想像が付いたが、藤村もまた近づいて横から窓を覗き込む。二階に位置する部屋からは中庭の様子がよく見えた。そこでは何人かの文豪らが雪遊びに興じていて、その中に彼らの友たる国木田独歩の姿もあった。横目で伺う花袋の目が追うのは、その男一人である。
 薄着、といわれれば確かにそうだ。他の者がたっぷりの羽毛で膨らんだダウンジャケットやら厚手のセーターやらを着込んで、手袋、マフラー、イヤーマフまでしているところ、彼ときたら見目を重視した分肝心の防寒を疎かにしているとしか思えない薄手のコート一枚しか羽織っていない。特に覆うもののない首筋などはいかにも寒そうで、見ている方がうずうずする。しかし、そういえば花袋は確か——
「君たち、先週マフラーを買ったんじゃなかったっけ?」
「そう! あいつから言い出して買いに行ったのに、巻くのをすぐ忘れるんだよ! せっかく買ったのにさ」
 よくぞ聞いてくれましたとばかり、花袋はこの一週間に何度独歩の首にマフラーを巻きに行ったかを切々と主張した。潜書から帰ってみたら部屋にマフラーだけ置きっぱなしで本人の姿が見当たらないとか、出掛けてくると言ってそのまま出て行くから慌てて追いかけたとか、間違って自分のマフラーを持っていかれたとか。
 ふうん、と相槌しつつ藤村は花袋の表情をよくよく観察してみたが、どうも手のかかる友人を持つと大変だと、本気でそう思っているらしいことがわかる。
「どうせまた部屋に置きっぱなしなんだ。……藤村、ちょっと俺、行ってくるから。またあとでな」
「うん。またね」
 藤村を部屋に残して彼が出て行ってしまった後、再度窓から庭を見下ろせば、独歩の姿はさきほどと同じ場所にあった。その視線がふいに上がったかと思うと、ひた、と二人の視線がかち合う。微かに口元を引き上げた彼は、藤村に対して一度片目を閉じてみせた。それからすぐ、何かに気付いたように玄関の方を振り返る。
 ウィンクを受けた藤村は動じずに、もうしばらく彼の姿を追った。
「……はいはい、ないしょね」
 今藤村の視界には、マフラーをぐるぐるに巻き付けられてくすぐったそうに笑う彼の姿が映っている。


(第2回花独ワンドロお題使用)

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