ひなまつり

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 その年の三月三日は雪になった。元々今年に入ってからやけに積雪が多かったので今更驚かないが、利用者の足が遠のいてせっかく司書が準備した子供向け企画が振るわなかったのは残念だった。さりとて今日を過ぎて雛飾りを出しっぱなしというのも縁起が悪い。元は司書が子供の頃に飾っていたものだというそれを元々週替わりの助手に当たっていた朔太郎と共にせっせと物置に運んで、気がついたらもう昼だ。
 手伝って頂いたお礼に、と渡された干菓子は本来なら子供たちのために用意されたものだったのだろう。食堂まで行く間、朔太郎は小さな三角形のビニルに入ったそれを顔の前でずっとシャカシャカ鳴らしていた。
「おい、食べ物で遊ぶなよ」
「でも犀、これ、どこかで見たことない?」
 顔をしかめて叱っても、朔太郎はそんなのどこ吹く風でわざわざ犀星の顔の前でそれを振ってみせる。
「どこかでもなにも、ただの金平糖だろ? そりゃ見たことくらいあるさ」
「うーん……そうじゃないんだけどなあ……」
 五月蠅いので朔太郎が持っているそれをえいと取り上げてしまって、端のぎざぎざしているところからぺりりと包装を剥く。あっ、と声が上がるが、気にせず一粒取り出して口へ放り込む。
「ひどいよ犀! 君もちゃんと自分のもらっただろう!?」
 わあわあと余計五月蠅くなってしまった。と、ちょうどその時、図書館と食堂との間にある外廊下に差しかかった。そこに、庭の様子を遠目に眺めながら紫煙をくゆらせる麗人の姿がある。渡りの船とばかり、犀星は彼に向かって手を上げた。
「白さん!」
「えっ、白秋先生っ?」
 朔太郎は案の定静かになって、白秋の前に進み出た。そこに向かって、白秋は細巻きの煙草を指に挟みふっと煙を吐きかける。それでも朔太郎はどこか嬉しげだ。
「いつも騒がしいね、君たちは」
「はあ、ご迷惑をおかけしてます」
「そうだ、先生はこれに見覚えありませんか?」
「おい、朔」
 窘められた次の瞬間にそんなことを言うのを肘でつついて止めさせようとするが、意外なことに返事は白秋からあった。
「見覚えねえ……あるとも」
「えっ、本当に?」
 そうして白秋が煙草で示した先は、雪の積もった庭だった。誰が始めたのか、詩歌人ばかり集まった雪合戦の真ん中で、毛色の違うのが二人ばかし混じっている。それを見てあっと声を上げたのは、今度は犀星の方だった。朔太郎は我が意を得たりと喜んでいる。
「ほら! 君が食べたのは国木田さんだよ、犀」
「っ……!?」
 げほげほと咽せた隙に、手の中の菓子は袋ごと元の持ち主に奪われた。それで結構、もう犀星は食べる気がしない。白の合間に混じる、ピンクと黄色。ビニルの中のひなあられとまったく同じ配色で、雪まみれの二人が大口開けて笑い合っていた。


(第4回花独ワンドロお題使用)

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