帝国図書館の独身寮に設えられた談話室で、花袋は図書館から借りてきた本を読んでいた。久々の全休だったので昼前までは部屋で読んでいたのだが、昼飯の後に気分転換にと選んだ場所がここであった。
もともと昼下がりのこの時間には、手隙の文豪共はここか、あるいは玉突台の置いてある遊戯室によくたむろした。時々は蓄音機が、古いアメリカのレコードを鳴らしていたり、雑音の多いラジオがよもやま話を話していたりして、大概は賑やかな場所であるが、花袋は読書環境にそう神経質なほうでもない。今日はそのどちらもなく、幾つかのグループが談話をするのみの部屋のなか、ちょうどよく空いていた窓際の一人がけの革のソファにすっぽりと体を預けて、それらの会話を聞くともなしに耳に入れながら彼はページを繰っていた。
――だいぶん、集中していたらしい。目が疲れたと思って顔を上げると、談話室の中の人数はかなり減っていた。花袋同様、本をめくる人が数人。珈琲を飲みながら、ぽつぽつと話をしているのが一組。さっきまで賑やかに議論を交わしていたと思ったグループはいつの間にか解散していて、その輪の中心にいた一人は、今は窓際に立って外を見ている。
独歩だった。部屋に入ったときに目で挨拶したので、いるのは知っていた。目の覚めるような色の髪は遠目にも目立つが、そうでなかったとしても議論の好きな男であるから、賑やかな場所とみればたいがいその真ん中には彼がいるのだった。
その彼は今、非常に静かでいる。
表情の浮かばない白皙の横顔、釣り気味の瞳が波一つ立たずしずかである。あの華やかな男がそうしているとどうも雰囲気があって、花袋はそういうときしぜんと呼吸を小さくして、息を詰めるようにして彼を見てしまう。
花袋はなるたけ音を立てずに本を膝の上に伏せると、彼の視線を追って同様に窓の外に目をやった。
向かって左手は表側で、図書館へ続く道が伸びている。道の両側には細い桂の並木が沿っている。横長の線路の枕木のような平石が寮の入り口から五六枚並んでいて、その先は踏みしめられた土の道である。今そこを洋装姿の誰かが歩いていった。潜書の当番でなければ、図書館に本でも探しに行くのかもしれない。右手は裏口の方で、洗濯物干しの広場になっている。今日は天気がよかったので、支柱に渡された竿には白いシーツが何枚か干してあった。萌黄に紅葉の着物が陰干ししてあるのは、尾崎一門のだれのだろうか。それからその向こうには、煉瓦の平屋の倉庫がある。手入れする人がいないのか、ぼうぼうに伸びた罌粟と、山百合の茎と、ヒメジョオンとイヌムギの雑草の束とが蔓延っている。倉庫の瓦屋根越しにはメタセコイアの背高のてっぺんが見えていて、あれはもう図書館の敷地の際である。背景の空はうす白く、埃で霞んでいた。
それが花袋の見た全てであり、特になにかおもしろいものがあるようではない。至って見慣れた景色である。だのに独歩は、それをずっと眺めている。
そういうとき、花袋は、彼の頭のなかに満ちている詩情を思うのだ。花袋には見えないなにかを、彼の花緑青の瞳はきっと見ていると思うのだ。
太陽が雲に一瞬陰って、次にまた差すまでの短い間を、彼は一時も見逃すまいとするように瞬きもせずに見つめている。その時ぱっと風が吹いて、メタセコイアと、ヒメジョオンとイヌムギと、山百合と罌粟の茎、それから白いシーツが、一斉に揺れる。はためく。ひるがえる。
その風に乗って、彼は空を飛ぶ。図書館の敷地を越えて、早苗の揺れる田んぼも、清水の用水路も、車の少ない国道も、寂れた駅前商店街も、そしてずっと遠く、青々と燃える山の連なり、それが幾重にも重なって空の境目へ消えていくところも、彼はすべて見下ろして飛んでゆく。
独歩の瞳は、鳥に似ている。一人飛ぶ猛禽に似ている。
彼が本当に鳥ならば、花袋には彼を眩しく見上げることしかできなかっただろう。だが彼は詩を書く。小説を書く。彼の見た景色はやがて言葉を与えられて形になる。
彼の鳥の目が見る風景が、花袋は好きだった。
***
かの帝国図書館は、なだらかな斜面の上にあった。国道から脇にそれて、細い川に架かる橋をひとつ渡って、照葉樹の木立をわき目にぐいぐいと坂を上っていくと、やがて赤煉瓦と青銅の立派な門扉が見えてくる。入ってすぐ正面に佇むコの字型をした本棟は天井が高く、第一開架などは中二階を吹き抜けにして詰め込み得る限りの図書を詰め込んでいるが、司書室や医務室のある右翼側はとくに管理棟ということになっていて、同じ高さを三階建てに作ってあった。
その管理棟の三階へ上がる階段の踊り場は、独歩の好んで立ち止まる場所であった。コの字で言うところの右下隅の角に当たるその踊り場は、それより上が資料室だの会議室だの、普段あまり使われない部屋ばかり揃えてあるせいか人の行き来が少なく、静かであるうえ、窓から図書館へ登る坂がよく見えるところがよかった。最近は招聘される文豪の数が増えて、食堂も寮の談話室も、いつ行っても誰かしら座っている。賑やかなのは嫌いではない独歩でも、たまにどうして、ひとりきりになりたいときなどは、この踊り場にやってきて坂を見下ろすことがあった。
ある日、夕方、西日が赤々と照らす中、独歩はまたその踊り場にやってきて、窓辺のかすかな段差に腰を預けて座っていた。とくに何があったわけでもないが、段々と夕焼けの色が濃くなるのをもっとよく見たいと高いところを探していたら、いつの間にか足を運んでいたわけである。
山の稜線にかかるようにして、早くも夏の雲が湧くように浮かんでいた。夕日の朱い光線はその雲の際を金に透かして、まっすぐに図書館のある斜面へと刺さっている。すべての建物、すべての木々、すべての草花に同じ角度で影を落として、五月の夕日は山の向こうへゆっくりと沈んでゆく。
何かを書き付けたい気がして、ジャケットの内ポケットから手のひらに収まるくらいのノートとペンを取り出してまた顔を上げた時、独歩はその坂の中腹に人影があるのを認めた。木や花と同じ角度の影を携えて、ゆるゆると坂を上ってくるのは、昼過ぎに出かけていった花袋と藤村の二人組だと、独歩にはすぐにわかった。たしか駅前のカフェの女給がどうとかこうとか、言っていた。本当なら独歩もついていきたかったが、あいにく潜書の当番にあたっていたので、あとで成果を聞かせてくれと見送ったのだった。
ここから駅まで、歩いたら一時間はかかる。乗合バスを使ったのだろうか、いやあの二人はそうしない気がした。人気のない国道を行きも帰りもぶらぶらと、くだらないことを話しながら歩いたのだろう。あの夏雲のごとく夕日に映える金の髪が、今も楽しそうに揺れている。隣の藤村に大きな身振りをつけて一生懸命に話すから、影がそれを誇張して付き従った。これは約束の「成果」とやらも期待できそうだと、独歩は口の端でちょっと笑った。だけど、もし叶うなら、彼がそれを文章に起こしてくれればもっといいと思う。
口を開けば美少女、美少女とそればっかりの花袋が、ああして大口を開けて笑っているのが似合う天真爛漫の男が、その頭に世界で一つの写真機を入れていて、見るものすべてをつぶさに観察していることを独歩は知っている。他人が見落としてしまうような道端の野花を、通りの建物の流行り廃りの様子を、すれ違う人の着物の色と柄を、なんの気なしに記憶して必要なときには必要なだけ取り出してみせる。いつだか、花の名をよくもそう知っているものだと褒めたことがあるが、本人は田舎育ちだからと謙遜してみせるが、あれは見た目をああして覚えておいて、あとで図書館で最新の図鑑を開いて記憶と照合しているのだ。最近輸入されて広く見かけるようになった草花の名さえ知っているのは、そういうことだ。
あの垂れ目がちのだいだいの瞳にまぶたがかぶさってもう一度開く瞬間、カシャリとシャッターが切れるのだと、独歩はそう思っていた。彼が何気なく瞬きするたびに、今その瞳を覗き込んだら写したものが見えやしないかと、くだらないことを思ったこともある。
花袋の瞳は、レンズに似ている。光を通して記録する硝子に似ている。
彼はありのままを写すことに執着していて、彼が本当に写真機であればそれも可能だっただろう。しかし彼は写真機ではなく作家なので、像を結ぶのに現像液ではなく洋墨を使う。彼が選ぶことばの一つ一つが、白黒の写真に色を付ける。
彼のレンズが写す風景が、独歩は好きだった。


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