騎士団と呼べば聞こえはいいが、基本的には野蛮人の集まりでしかない——と、中央の国騎士団長ニコラスは、自らの属する組織をそう考える。でなければ騎士服と徽章で外見を取り繕う必要も、掟と誓約でがんじがらめに素行を縛る必要もないはずだからだ。血気盛んな若者で構成されている以上、ある程度は仕方がないことではあるが、にしても、時折、どうしても野蛮だという感想を抱かざるを得ないときがある。
「いけっ、やれ!」
「そこだ! いいぞ!」
「がんばれ! お前が勝つ方に賭けてんだぞ俺は!」
「馬鹿、下手くそか!? 何年騎士やってんだ!」
歓声と野次、罵声と怒号が飛び交う訓練場。今日は午後いっぱい要人警護も討伐任務も入れずに全体訓練に当てているはずが、いつの間にここは賭博場になったのか。
思わず頭を抱えたくなる光景に、今すぐ怒鳴りつけて全員に罰則を科すか、あるいは見なかったことにして踵を返すか。後者に心引かれるのを自覚しつつ、だがそういうわけにも行くまいと、人だかりに向かって息を吸い込んだ、そのときだ。
「やっちまえ、カイン!」
「俺はカインに賭けたぞ!」
「神様、女神様、カイン様! 俺を勝たせてくれ!」
聞こえてきた名前に、ニコラスは喉の奥で息を詰まらせそうになった。
カイン・ナイトレイ。先頃、見習いから正式に騎士として叙任された新入りの名前だった。最年少の騎士団員として外部の耳目を集めた少年は、騎士団内でもなにかと話題の人物である。いい意味でも、悪い意味でも。
気が変わったニコラスは、敢えて無言のまま人の輪に近づき、自分もその外周へと加わった。存在に気づいた数人がぎょっとして声をあげようとしたが、視線一つで黙らせる。もっとも、大多数は試合の行方に気をとられ、団長が輪に加わったことなど気づきもしていない。
舞い上がる砂埃と、照りつける日差しに目を細める。人だかりの向こうにあるのは二つの影だ。一つは大柄で厚みのある、いかにも騎士らしい体格の男。それに比べ、もう一方は細く、小さく、そこらの子供と変わりないように見えた。二つの影は、時に組合い、時に離れ、打ち合いと牽制がもう何合も続いている。
風が吹いて雲が流れ、砂埃が流されてゆく。一度陰った日差しが再び戻り、二人の構える銀の刃をぎらりと光らせた。刃先は潰してあるが、正規と同じ長さ、正規と同じ重量の剣は、まともに入れば肋の二三本はもっていく。体格のできた大人でさえそうなのだから、子供などはともすれば、内臓を破りかねない。
だが——カイン・ナイトレイは怯まなかった。どころか、試合を支配しているのは騎士カインのほうだった。
打ち合いから逃げるように、ぱっと距離をとったのは大柄な騎士のほうだ。カインは敢えて追い打ちを掛けずにその場にとどまった。
中段に構え直した騎士に対して、カインは下段、ほとんど刃先を地面につけるようにして両手で構えている。いかにも剣の重さを支え切れていない風に見えるが、そうであれば試合はこれほど長引くはずがない。
大柄のほうにじりじりと焦りが見えはじめた。剣先がぶれ、足を何度も踏みしめ直す。対するカインは構えを崩さずに相手の出方を伺っている。一度、二度。騎士の呼吸が乱れた。それが契機だった。
ざり、と砂を蹴って相手が迫る。そう悪くない構えだ。腰にためをつくり、距離を詰めてゆく。カインはその刃先をじっくりと目で追い動かない。相手の動きが加速する。彼我の距離が近づき、間合いに届くギリギリまで、カインは動かなかった。
次の瞬間、ニコラスは目を疑うことになる。
なぜなら、カインがまるで自ら刃に体当たりするように、重心を倒したのだ。刃が顔に当たるかどうか、その紙一重で弧を描くように重心の向きを変わる。赤毛が一筋ふつりと切り落とされて飛んでいくのを、ニコラスは見た。同時に、遅れて体に追いついた剣が、ギン、と鋭い音を立てて相手の剣をはじくのを。
カインはそのまま、勢いを殺すことなく体を一ひねりさせた。打ち合った剣ははじかれた衝撃によって加速度を消失する。一瞬宙に浮いたその剣が落下を始める前に、再び柄を握りなおしたカインは、今度は重力を乗せた剣で、一撃、二撃、一度はじいた相手の剣を押し返す。勢いに乗った剣は重い。三撃。ついに相手が剣を取り落とす。
途端、どっと場が沸いた。
「カインの勝ちだ!」
「やりやがった!」
「ちくしょう、大負けだ!」
「ぼろもうけだ!」
好き勝手な声が飛び交うが、そんな中ニコラスはしばらくその場を動くことができなかった。
(とんでもないな)
体格の劣っていること。剣の重さに慣れていないこと。自在に扱う腕力がないこと。現状、どうにもならないことを理解したその上で、勝利の可能性を探り出す。使える武器は、自在に動かせるしなやかな手足。小さい故に回りのきく身体。重力、遠心力、慣性、加速度といった、腕力の代わりに利用できるありとあらゆる力。
彼自身の努力はあるにしろ、それだけでは説明の付かない、圧倒的な才能だった。天性の判断力、分析能力、戦闘のセンス。勝ちにこだわる執念。勝負勘。度胸と思い切りの良さ。
とんでもない、化け物だ。
そうとしか言い様がなかった。今でさえこうなのだから、あれが十分な腕力と、腕に見合うだけの体躯を手に入れたとき、一体どうなるか。
己の想像にニコラスは身震いする。それが、恐怖や嫌悪によるものではないことは、本人が一番よくわかっていた。身のうちからふつふつと湧き上がり、心臓を打ち鳴らし、肌を粟立たせる、これは。
——これは、興奮だ。
ともすれば口角が上がりそうになるのを、意識して引き締める。いい加減にこの馬鹿騒ぎも、どうにかしなければいけない。気分を切り替えるために息を吐く。未だ一部を除いてこちらの存在に気づきもしない馬鹿どもに対して、一喝する。
「こんの……阿呆ども!!」
途端、その場の全員の肩がぎくりと跳ねた。野次を飛ばしていた者、賭けに加担していた者、試合をしていた二人もまた、例外ではない。
ニコラスの声が、静まりかえった訓練場に響き渡る。
「全員、今すぐ訓練場外周を二十周したあと、素振り五百! 全員が終わるまで今日の食事にありつけるとは思うな! いいな!!」
「「イエッサー!!」」
野太い返事の中に、声変わり前の少年の声がまじる。
ニコラスは眉間の皺を伸ばすふりをして、口元を隠した。
誰も見たことのない騎士団長の、それは野蛮な笑みだった。


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