その日のことを、クックロビンは鮮明に覚えている。
魔法管理省に入りたての頃、書記官見習いとして初めて立ち会ったのは、ある魔法使いが行った偽証についての審理だった。
グランヴェル城の大広間、先輩書記官と並んで書記席の隅に着席する。関係者席には文官、貴族、それに騎士団員の姿がある。中央には当時すでに魔法管理省の大臣職にあったドラモンドと、王弟殿下の席が用意された。全員が席に着く。会場内は波が引くように静まりかえる。
カツン、と硬質な音がした。問題の魔法使いが入場する。カツ、カツと続くのは規則正しい足音。早くもなく、遅くもない。迷いのない足取り。この場でただ一人椅子を用意されなかった彼は、そのことに戸惑いも怖れも見せなかった。部屋の中央までやってくると、足を肩幅に開き、腕を後ろで組む。どこにも無駄な力の入っていないごく自然で堂々とした立ち姿。ぴしりと着こなした黒い騎士服の胸の徽章が光る。騎士団長の印だ。
ドラモンドの咳払いが、静かな会場に響いた。
「カイン・ナイトレイ、騎士団長」
「はっ」
返事は短く、明朗だった。名を呼ぶドラモンドの声の苦々しさのほうが、かえって耳に付くほどに。まっすぐに上げられた顔は、片側が包帯で覆われている。クックロビンの座る席からは口元がわずかに見えるだけで表情は窺えなかった。だが、彼に緊張や怯懦の気配はない。どころか、この空間で一番リラックスしているようにすら見えた。
ドラモンドが罪状を読み上げる。
「貴様は王家に対して虚偽を働いた。魔法使いであることを隠して騎士の誓いを立てた。このことに、相違ないか」
「相違ありません」
ごく簡潔な答えだった。
クックロビンはこのとき初めて疑問を抱いた。魔法使いは騎士になれない。今までごく当然のことだと思っていた。だが、魔法使いであることは罪ではないのだ。考えてみれば、これもまた当然のことだった。人間が人間であるのを選べないように、魔法使いが魔法使いであることは選べない。だからドラモンドが言うように、罪があるとするならばそれは『魔法使いであることを黙っていた』という一点のみ。
それなら嘘をつかなければ——魔法使いであることをはじめから公表していれば、彼は罪に問われなかったのだろうか。でも、『魔法使いは騎士にはなれない』のに?
頭の中で疑問がねじれて頭と尻尾が繋がった。ねじれて回る因果の輪。
クックロビンの疑念をよそに、王弟殿下が口を開く。
「何か申し開きはあるか」
「ありません」
これにも騎士カインは簡潔に答えた。そのことにがっかりしている自分がいることに、クックロビンは気がついた。なぜと反論して欲しい。どうしてと声を上げて欲しい。そう願っている自分に気がついた。
でも本当は違うのだ。「なぜ」「どうして」と声を上げるべきは、魔法使いの彼ではない。——それは、人間の仕事だ。
「騎士の誓言に背いた咎にて、騎士団長の位を剥奪し、騎士団から追放する」
審理はそのまま、しめやかに幕を閉じた。
先輩書記官の記した議事録はものの半ページで終わった。
だからクックロビンは、この日のことを鮮明に覚えている。覚えていなければならないと思っている。
心の中に書き留めた議事録を、今も大事に抱えている。


コメントを残す