秋から秋へ

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 独歩が帝國図書館に転生したのは十一月もまだ初旬のことだったというから、凩の吹き始め、街路の桜の葉が色づいてはらはらと地面に落ち始めたような、あるいはツワブキの花が草陰にぱっと咲いては散るような、それはそういう時分のことだったのではないかと想像する。
 彼はこの度特務司書に任命された人物によって、ごく初期に呼び出されたうちの一人だった。今では随分手慣れた様子で日々浄化や補修の業務を行っている司書であるが、その頃はまだ勝手もわからず、ようやく一会派できるかできないかという人数しかおらぬ中の潜書だったというから、今とは違って文豪の自由になる時間というのも少なかったと聞く。ただ、週に一日の非番というのは当初から決まっていたらしいので、それはもしかしたら最初の休み、秋晴れの日の、午後のことではなかったろうか。本の見返しに貼り付けられた貸出カードによれば、それは十一月の六日のことである。
 日はともかく場所は判然としない。宿舎の二階の角部屋にあたる彼の私室か、談話室、あるいは中庭の日当たりのよいベンチか。ここではひとつ、帝國図書館でも一番大きな、一般開架の中としてみる。貸出記録が残っているのだから受付を通したのは間違いない。しかし元が図書館住まいの転生文豪である、読書の場所は館内でもよかろう。あつらえ向きに、開架の奥には大型本も新聞もいくらでも広げられるような大きな読書机がある。ちょうど、色つきガラスの嵌った明り取りの窓から柔らかく角の取れた日差しが入り込む、本を読むのにうってつけの特等席で、それこそ人の少なかったその頃ならばほとんど貸し切り状態だったに違いない。
 飴色に艶の出た木目の美しい机のその角にでも腰掛けて、独歩は本を開いている。どうしてその本だったのかはわからない。気分だったのだろうとしか言えない。ひょっとしたらその他にも何冊か、それこそ彼の気に入りのワーズワースだとか、ゾラだとかが脇に積んであったかもしれない。評論や雑誌もあったかもしれぬ。とにかくその中の一冊は藤村の詩集だった。独歩にとっても旧知といえる、島崎藤村の本だ。彼の新体詩はあの当時だって人気があって、よく人の口に上ったものだったが、百年後の今もそれは変わらないようである。薄くて軽い紙でできた比較的新しい版のは誰かに借りられていて、残っていたのは古い箱入りの愛蔵版だった。箱から取り出すのが面倒だからか、あんまり人も借りないのだろう。古ぼけてはいるが装丁の立派な本を開いて、それを独歩は読んでいた。
 一から読んだか、ぱらぱらとめくって目に止まったのを読んだのか。それはさすがにわからない。ただなんとなく、読み始めてから随分時間が経った頃ではないだろうか。真ん中あたりのとあるページに差し掛かったその時、彼の心に急に去来するものがあったのだろう。なにか、彼の心を動かすようなものが。それはその本の中の一編、一節かもしれない。あるいは窓から入り込む光が、雲の加減ですっと消えたり戻ったりしたせいかもしれない。モズやらヒタキやらのことさら澄んだ囀りが聞こえたからかもしれない。秋のよく晴れた日のことを小春日和というように、その瞬間うそ寒い図書館はどこか春めいて彼の目に映ったのかもしれない。転生したての文豪は記憶に曖昧なところが多いと言うから、もしくはその時彼もまた、ふとそのことを思いだしたのかもしれなかった。
 彼は昔から、思いついたことを何かに書きつける癖があるから、そのときも部屋に備え付けの図書館の透かし入りの便箋を二三枚メモ代わりに持ってきていて、懐に挿していたペンでもって心のままにそこに書きつけた。あの切れ長のまぶたを伏せがちに、頬に長いまつげの影を落とし、でも口元には、もしかしたらほんの少しの微笑を乗せて。その横顔を想像するのはことのほか楽しい。あの書きつけがどんな顔で書かれたにしろ、その間彼の心を占めていたのがどんな感情であったにしろ、思い浮かべていたのはたった一人の人物のことだったろうから。
 その便せんを、独歩はきっと栞代わりのつもりで読みさしの詩集に挟み、おもむろに目を閉じた。静かな図書館、やわらかな光の落ちる席、連日の慣れない潜書の疲れもあったに違いない。昼寝の習慣のない彼にしては珍しいことだが、あんまり眠いからほんの十分や十五分のつもりで、少しうとうとしたのだろう。
 秋の日は釣瓶落としと言う。一眠りのつもりだったのに気がついたらもう日が落ちていて、書架の中はランプで照らされている。彼はいくらか慌てただろう。昼はよくてもその時間にはもう随分冷えて、起き抜けにくしゃみのひとつもしたかもしれない。もしかしたら誰かが、秋声あたりが、夕飯の時間だと呼びに来たと考えてもいい。それで、急いで広げていた本をかき集めて小脇に抱え、その場を後にした。図書館の本の貸出期限は二週間。多忙にかまけてその後本を開くことはなかったのか、あるいは別の本に夢中になってその詩集は放ったらかしになったのか。ともかく彼は挟みっぱなしのその便箋のことをすっかり忘れて、そのまま返却してしまった。それからおそらく、ずっと忘れたままでいる。取り立てて大事な事柄が書かれているわけでもないので、思い出したにしても不精をして取りに戻らなかったのかもしれない。

 ――というのは、全て花袋の想像である。

 十一月の上旬の、ある秋晴れの日、花袋は藤村の詩集を開いている。
 昨日からむしょうに読み返したくなって、開架の棚から目当ての本を、それも棚に唯一残っていた重たくて開きづらい愛蔵版のやつを借りてきて、部屋に持ち帰って読んでいた。窓から見える鰯雲の浮く空からは暖かな日差しが降り注ぎ、時折吹く木枯らしが街路の落ち葉をいたずらに散らかしている。しかし室内にいる分には寒さとは縁遠い、朗らかな陽気の日のことだった。
 本の中頃まで差し掛かって、花袋はそこに一枚の紙が二つに折られて挟まっているのに気がついた。見たことがあると思ったら、帝國図書館の透かし文字の入った、臙脂の罫線の規定便箋である。広げてみれば、これまた見慣れた筆蹟で、妙に懐かしい文言が並んでいたのに彼は目を見張ることになる。
 便箋に書いてあるせいで、一見手紙風である。しかし宛名はない。署名もない。また詩集に乱暴に挟まっていたせいで紙は斜めに折れていて、まるで人に読ませるものではない。花袋以外の誰かが見たのであれば、これを手紙と思う者はいるまい。
 それがどういう風の吹き回しか、その便箋は自ずから行き先を知っていたかのように、花袋の元へとやってきた。
 どうだろう、ちょっと気障ったらしくて、持って回ったような、それでいて下品なところがないそのたった二三行の文は、いつか彼が花袋に送った手紙の文面に似ていた。実際にはもっと長いものだったと記憶しているが、切り取られたその文章は初めからそうだったような顔をして、こちらに語りかけてくる。一体いつの間にこんなものをと思って貸出カードを確かめてみれば、最後の日付は今からちょうど一年前のものだった。花袋がようやく転生したのはこの春先のことだったから、そのころの図書館にはまだ影も形もない。だから彼には想像するしかなかった。これがどんな日、どんな場所で、どんな顔して書かれたものか。
 手紙を持って、花袋は立ち上がる。一年も前のことだ。彼はまだ、待っているだろうか。遅くなければ、彼のすぐ横に腰掛けて、少しばかりくっついて、体温を分けてやってもいいと思う。もちろん忘れていたっていい。待たせたなと、便箋を見せてやってもいいと思う。彼は部屋にいるだろうか。それともどこかへ出掛けているだろうか。どちらでもいい、一年も経って、今更急ぐこともない。
 幸い、部屋は隣なのだ。いつでも会いに行ける距離だった。

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早く来れかしと待つ。

何となく寒い。用心したまえ。

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