帝國海軍は毎週土曜の半ドンにカレーを食すと聞くが、ここ帝國図書館ではカレーの日といえば木曜日だ。毎週食べても飽きの来ない、自由軒に勝るとも劣らない味のカレーを、あんじょうまむして食べるのが織田の好みである。もちろんそこに生卵を乗せるのも忘れてはならない。
白い殻をぱかりと割ってそこへスプーンの先を差そうとしたまさにその時、ここ空いてるか、とやってきたのは国木田だった。隣には田山もいる。二人ともトレーの上にはできたてのライスカレーを乗せて、どうやら空席を探していたようだ。夕食時のこの時間はちょうど一番混み合うので、ややもすると席がなくなる。たまたま一人で座っていたので、どうぞどうぞと向かいの二席を手で勧めてやれば、人好きのする笑顔で礼を言われた。
「いいねえ、オダサクはまた卵付きか。俺も卵もらってこようかな」
「あ、こないだ独歩が言ってたやつだな? 俺もやってみたい」
二人は織田のカレーを見て口々にうらやましがった。この食べ方を人によっては奇異な目で見たりするのだが、二人とも気にしない質らしい。もっとも国木田に至っては以前にこれを一目見たときから「今度は俺もそれをやる」と主張して詳細な作り方(作り方もなにもない、ただ混ぜて乗せるだけなのだから)のメモまで取ったくらいだ。さらに感想を手紙にしたためて寄こしてくる丁寧さ。人が喜ぶことをごく自然体にやってのける。ああこの人の人誑しといわれる所以はこういうのの積み重ねなんやろなあと納得したのも記憶に新しい。
手紙のことを思い出したついでに、そうだ、と織田は軽い気持ちで口を挟んだ。
「卵も良いですけど、ほら、こないだ国木田クンが手紙でくれたみたいに、何か別のもんまぶしてもいいかもしれませんなあ」
「お、乗り気じゃないか。アンタならそう言ってくれると思ってたぜ。じゃあ今度までに何か一品ずつ持ち合うってのはどうだ。試食会しようぜ」
「何の話だ?」
「カレーに何を入れたらうまいかって話」
手紙の内容を知らない田山に軽く説明してやる国木田を見ていて、織田はもう一つ思い出したことがある。
「そだ、なあ国木田クン、今度、例の『丘の上カレー』、ワシに振る舞ってくれへん?」
「丘の上カレー?」
「そ、お二人見てたら思い出しましてん。ワシにとっての自由軒のカレーみたく、なんや思い出のカレーなんやろ? 食べてみたいわ」
初め疑問符を浮かべていた国木田も、すぐになんのことか合点がいったらしい。誰かから聞いたのだったか、それとも本で読んだのだったか。国木田がかつて田山に振る舞ったというそれに、カレーを愛する者として興味があった。何の因果か生まれ変わってこうして本人と面識を持ったのだ、せっかくならば『本物』を食べてみたいじゃないか。
「ああ、……あれのことか。振る舞うもなにも、それこそ混ぜるだけなんだが、アンタが食べたいってなら——」
「駄目だ」
快く応じようとした国木田を止めたのは、静かに話を聞いていた田山だった。いやに強い語気に、驚いた二人のカレーを食べる手が止まる。どころか本人としても思いがけないことだったのか、大きな声を出した自分自身に戸惑った様子だ。場を取り持つように慌てて付け加えている。
「あ、いや、その、……ほらさあ。大したものじゃないし」
「……俺の料理にあんたが文句をつけるなよ」
「だってそうだろ? 人に振る舞うようなもんじゃないぞ、あれ」
「俺が振る舞ったのをうまいうまいって食べてたのは誰だっけか?」
「まあ、まあ」
田山が口を開く度、国木田の機嫌が一段階ずつ下がっていくのを目の当たりにせざるを得ない織田が取りなすも、なんというか、時既に遅し。低レベルな口論が始まったのを苦笑いして眺めるしかない。まあ、元はといえば自分のまいた種なのでおとなしくしていることにする。ちょっとした思いつきだったのだが、ここまで反応されるとは思わなかった。
しかし——
「だから俺が言いたいのは、あんな雑な料理を人に振る舞うのはどうかって話で」
「ああそうかい、あの時のあんたの本心はそういうことだったのか、がっかりしたよ」
「そうじゃなくて! いやそうだけど!」
なんとももどかしい表情で必死に言い訳を探す田山に比べ、国木田のどこかつんと澄ました顔は、あえての不機嫌を装っているようにしか見えない。こめかみの辺りが多少ひくついているのは、まあご愛敬としても。なるほど、彼は全部わかってやっているのだ。まあ、ここまでくれば織田にでもわかる、田山が拒否の声を上げたのは、織田に対して思うところあってのことではないということくらいは。
「なんていうか……ごちそうさまやなあ」
呆れた気持ちを隠さずにぼやけば、国木田は「悪いな」と余裕の返答。一人状況をわかっていない自然主義の大家が、織田の顔とカレー皿とを見比べて「もう食べないのか?」などと暢気なことを言っていた。
(第3回花独ワンドロお題使用)


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