眩しい影

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3

 朝の静寂に混じる軽快な足音。
「レノックス?」
 羊たちをつれて朝の散歩をしていたレノックスが振り返るのと、名前を呼ばれるのは同時だった。レノックスの姿は見えずとも、羊たちが見えたのだろう。《大いなる厄災》の《奇妙な傷》のせいで触れるまで人の姿が見えないカインにも、動物の姿は見えるらしい。
 掲げられた手に手を合わせ、挨拶を交わすのはいつものこと。この時間、走り込みをしているカインとレノックスが途中でばったり会うことは、そう珍しいことではなかった。だが今日に限ってはいつもと違うことがある。カインが何も言わないので、本人は気づいていないのかもしれないが。
「カイン、どうした」
「……? なにがだ?」
 言葉が少なすぎたらしい。改めてレノックスは、彼の頭の上から靴の先までを眺め下ろして指摘した。
「さっきからずっと体が光っている。月光樹の実でも食べたのか?」
「ああ! これか。忘れてた。魔法の練習をしてるんだ」
 ようやく合点がいったとばかり、カインがことの経緯を説明する。曰く、オズの提案した魔法の出力を安定させるための訓練方法ということだった。座学で習って以来、時間と気力の許す限り、こうして練習しているらしい。
 一通り説明を聞いてから、レノックスはなるほど、と頷いた。
「忘れるくらい身に付いてきたということなんじゃないか」
「そうかもしれない。前よりは安定して魔力を放出できるようになってきたんだ」
 褒められて、カインは素直に喜んでみせる。
 だがその裏には血のにじむような努力があったに違いない。
 実際、レノックスは、彼が魔法舎の周りの森の中や人気のない川辺で、一人で魔法の練習をしていることを知っている。《傷》のせいでこちらには気づかない、人目のあるところでは常に明るく振る舞う彼が、真剣な表情で、単調でともすればつまらない魔法を、何度も何度も飽きるほど繰り返す姿を知っている。
 十八で騎士団を追放されるまで、魔法使いであることを隠して生きてきたカイン。魔法使いとして生きた年数は、まだ片手で数えられるほどしかないのだ。魔法より先に手が出ることを、同じだな、と笑った彼とは似ても似つかぬ横顔を、レノックスは知っている。本人にも誰にも、言ったことはなかったが。
 こちらのそんな内心など知る由もなく、カインは無邪気に続けた。
「なあ、また手合わせしてくれないか。武器と魔法抜きで」
「それは、いいが……」
 口ごもるレノックスを、カインが不思議そうに見つめる。なんと言うべきか、口下手な自分には思ったことを思ったとおり言葉にするのが精一杯だ。
「魔法無しの手合わせしかできず、すまない。俺がもう少し、魔法が得意だったら良かったのかもしれないが」
「そんなことはない! あんたからはいろいろ学ばせてもらってる。剣抜きでやるのだって十分勉強になるよ」
 国一番の剣の使い手とは思えない、驕らない謙虚な言葉だ。
 同じ年頃の他の魔法使いたちが魔法に慣れている分、取り残されるような焦燥感だってあるだろう。年長の魔法使いたちの強大な魔法を目にして、力に憧れる飢餓感だってあるだろう。でも、そんなことは一切表に見せず、一歩一歩踏みしめるように進んでいく。きっと彼はそうやって、剣の腕だって磨いてきたに違いない。
「お前は、きっと強くなるな」
「もちろん、そのつもりだ」
 まっすぐな答えに、思わず目を細める。
 かつてあった、今は遠い、懐かしい記憶を思い出しかけ、——全身を光らせていた魔法をぱっと消したカインに顔をのぞき込まれ我に返る。
「悪い、眩しかったか?」
「はは、そうだな」
 レノックスは久しぶりに、声を上げて笑った。

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