夜半、忍び込む冷気に首筋を撫でられて、三郎は目を覚ました。
戸ががたがたと鳴っている。子の刻を過ぎてから風が出てきていた。山から吹き下ろす風が、音と冷気とで三郎の眠りを妨げる。この時期特有の颪が、三郎は苦手だった。
このままもう一度眠れやしないかと、掻い巻きの中に潜り込んで両の手足をぎゅうと体に寄せる。寝る前に火鉢で暖めたはずの体はとっくに冷め切って影もない。死人の肌でさえまだ温かいのではないかと思うほど、擦り合わせた手足の指の先が冷たい。吐く息で暖めようとしても、湿った先からすぐに冷えて、ますます熱を奪われる。温かいはずの布団も掻い巻きも、ずしりと重くのしかかるばかりで、まるで雪に埋まっているかのようだった。
とうとう眠るのを諦めて、掻い巻きを体に乗せたまま、三郎はのっそりと布団から這い出る。そして、衝立の陰からそっと、向こうの布団の様子をうかがった。
「……」
雷蔵は、体をまっすぐと布団に横たえて、すうすう寝息を立てて眠っていた。風の音も寒さもまるで感じていないような、穏やかな寝顔である。
この衝立を境に、もしかしたらあちら側は暖かいのかもしれない。三郎は馬鹿なことを考えた。そんなはずがないと知りつつも、このままでは眠れないのがわかりきっている。雷蔵を起こしたいのではないから、少しだけ、ほんの少しだけと己に言い聞かせ、掻い巻きを体に巻き付けて、じりじりと雷蔵の布団に近づく。一歩、また一歩。どういうわけか、雷蔵の側に寄るにつれて、本当に暖かく感じられるので、三郎はとうとう雷蔵の枕元まで来てしまった。
真上から、じっと雷蔵の寝顔を見つめる。三郎の視線にも気付かない風で、平和な寝顔を晒している。このまま彼の布団に潜り込んだらさぞかし暖かいことだろうと、誘惑が脳裏を過った。しかし、そんなことをすれば雷蔵の眠りを妨げるのはもちろん、せっかく暖まっている雷蔵からまた熱を奪うことにもなる。お使い帰りの夕方にも、散々雷蔵に甘えて、彼から熱を分け与えられてしまったばかりだというのに。
ふ、っとため息を一つついて、三郎は雷蔵に背を向けた。火鉢の灰を掘り返したら、まだ少しは暖かいだろうか。それでもだめなら風呂場の残り湯をもらってこよう。行きと帰りで、またすぐ冷めてしまうだろうが、どうせ眠れぬならそれでもいい。
いつまでもこうしていたって仕方が無い。長い掻い巻きを引きずって立ち上がろうとした三郎は、足に力を込めた瞬間、背後につんのめった。どこか踏んでしまったかと振り返ると、暗闇の中、雷蔵が身を起こして掻い巻きの裾を引いている。目は眠そうに半分閉じていて、それでも寝ぼけたわけではなさそうだった。
「悪い、起こしたか」
「そりゃあ、さすがに、ああも見つめられるとね」
ふあ、と一つあくびする。吸い込んだ空気が冷たかったのか、雷蔵はぶるりと肩を震わせた。それを見て、罪悪感がこみ上げてくる。
「もう行くから、離してくれ」
「行くって、どこに?」
「……」
「……まったく」
答えられないでいると、雷蔵がさらに掻い巻きを引っ張ってくる。思いがけず強い力で、うわっと小さな悲鳴を上げて、三郎は背中から雷蔵の布団に倒れ込んだ。雷蔵はその上に、ばさりと自分の掻い巻きをかぶせてしまう。そうして再び、寝る体勢を整える。
「見栄っ張り。寒いんならそう言いなよ」
三郎は掻い巻きの合間から首を出した。自分のと雷蔵のと、二重に掛けられたおかげで、隙間風は気にならなくなった。加えて、布団に籠もった雷蔵の体温がじわじわと三郎の体に移る。確かに三郎はあたたかい。しかし、それはすなわち、雷蔵が冷たい思いをしているということに他ならない。
「ごめん」
「んー?」
雷蔵はごそごそと収まりのいい寝姿を探して何度か体勢を入れ替えた。それを邪魔しないよう、ぎゅっと小さく縮こまったまま、三郎は雷蔵の顔を見上げた。
「またきみからもらってしまう」
最終的に三郎と向かい合う形で落ち着いたらしい雷蔵は、もう目を閉じていた。
「僕はなにもあげてないよ。ただ……そうだな、貸してるだけ」
「貸してるだけ?」
「うん。だから、気にするなよ」
そう言って、ほう、と肺から息を吐き出す。深い呼吸は、入眠が近いことを伝えていた。
三郎はゆるゆると肩の力を抜いた。雷蔵の呼吸の音を聞いていると、あんなに遠かった眠気がいつの間にやってきて、瞼を重くする。こんなにあっさりと眠ってしまっていいのだろうか。熱も、眠気も、三郎が欲しいと思うものすべて、雷蔵がなんでも与えてしまうから、たまに三郎は、それがどんなに貴重で得がたいものなのか、雷蔵に言って聞かせたくなるのだ。
「……きみはすぐ、そうやってなんでも貸してしまうなあ」
「誰にでもじゃないよ。おまえにだけ」
伝える気のなかったささやき声に、返ってこないと思っていた返事があった。
「……そっか」
「うん……」
今度こそ雷蔵の声は寝息に溶ける。また一つ、借りてしまったなあ、と。考えるうちから三郎の意識もほどけてゆく。
「いつか必ず返すよ」
本当に伝えたかった言葉は、誰の耳にも入ることなく、風の音に紛れて消えた。


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