変わり始めた世界の中で

1,879 文字

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(1期24話後)


 あなたが救いたかった世界はなんだ。
 あなたが守りたかった世界はなんだ。
 あなたが求めた世界は、どこにある。

 ハロが記録していた映像を端末越しに観閲しながら、刹那は息をすることよりも深く思考に没頭していた。
 敵機に合わせられたはずの照準はその横をむなしく滑り、代わりに向こうの攻撃が飛来する。それらの映像と同期してところどころに入る罵倒、汚い罵りの言葉。マイクで集音できずに割れた音声。こんな峻烈な彼を、刹那は見たことがなかった。
 刹那が知っているのは、明るい音調で仲間にかけられる声と、一見冷たく見えるが正反対に暖かな温度を持った緑の瞳、そしてただ一度、銃口と共に向けられた絶対零度の視線だけだ。その時でさえそこにあったのは背筋が凍るほどの冷気だけで、どこにもこれほどの熱を見つけることはできなかった。
 自らも焼きかねないほどの炎を、彼は一体どこに隠していたというのだろう。一度たりとも、仲間に見せなかったこの熱を。
 見せる必要がなかったのか、見せたくなかったのか、そのどちらもなのか。聞いてみたいとは思わないが、そう考えること自体が無為だった。
 大きく映像がぶれて、白黒の砂嵐が画面に表示される。それを契機に、止めかけていた呼吸を思い出し強く息を吐いた。ハロとの接続を解こうとした一瞬に、今度は砂嵐が激しく揺れる。
 そうして再び映し出されたのは、宇宙の漆黒に埋もれるような深緑のパイロットスーツ。刹那は大きく目を見開いた。食い入るように画面を見つめる。
 先ほどよりも荒い映像からは、かろうじてヘルメットのシールドに罅が入っているのが確認できるが、その奥の表情までは窺い知ることができなかった。ハロがデュナメスを持ち帰っているのだから音声入力は生きていたはずだが、その保存はされていないようだ。
 無音の映像がもどかしかったが、却ってそれが夢の中の出来事ように現実味を薄くしていた。そのほうがよかったのかもしれない。彼の最期の声を聞いてしまったら、自分がどういう行動に出るのか、刹那は予想もつかなかった。
 ヘルメットの中身が見えないから、その時彼が何か言葉を発したのか、それとも無言だったのか、それはわからない。ただ、ゆっくりと彼の手がカメラに向かって伸ばされる。いっぱいまでカメラに接近したせいでピンが合わなくなった手が、カメラ横で二度三度往復したようだった。
 ああ。
 刹那は顔を上げ腕で目を覆った。
 表情が見えなくても、音すらなくても、すべてがわかってしまった。きっと彼はこれ以上なく穏やかな顔をしていて、ハロを撫でる手の動きは無機物には優しすぎるほどの温かさで。
 まるで自分が撫でられたみたいにその温度を思い出して、こぼれそうになる涙を必死に抑え込んだ。泣いてはいけなかった、これは彼のための涙ではない、自分のために泣くことなんて許されない。
 ことん、と端末に繋がれっぱなしで宙を彷徨っていたハロが体にあたって、刹那は顔を上げる。離れていこうとするそれに手を伸ばし、引き寄せ、同じように表面を二度三度と撫でてみた。
 撫でたのは自分だというのに、やはり自分が撫でられているように感じた。

**

 それぞれが、自分が嘗て存在した世界を変えるために、嘗て自分を殺した世界を変えるために戦っている。
 でもそれは一人一人が全く別のものと戦っていることと同じで、もしかしたら自分たちはそれぞれがてんでばらばらの方向を向きながら敵と認識するものに銃を向けているのかもしれない。
 世界とひとくくりにして呼んではいるが、誰もがそれを知っているつもりで、しかし誰もそれを知らない。
 それでも、その時、彼らが見た世界は同じだった。
 銃を向けろ、彼を奪った世界の悪意へ。

『死ぬのが怖いか』
「怖いよ、もちろん」
『とんだチキン野郎だな。あいつは怖がらずに突っ込んで、そして死んだぞ』
「……」
『こんな臆病を残して死んだってんなら、あいつも相当報われないな。世界を変えることなんて出来そうもねえ』
「……ハレルヤ、……悲しいのかい?」
『ッ! バカ言ってんじゃねえ、悲しいのはお前だろ! そんなことまで俺に押しつけんのはやめろ!』
「そうだね……その通りだ」

**

 根底にあるのは復讐だ。世界への復讐だ。紛争の根絶? 世界平和? もちろんそんなのは建前に過ぎない。

「これは、マイスター全員の総意です」

 世界を変える。
 変貌する世界から、彼らもまた逃れられない。

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