道
地平線まで真っ直ぐな道が続いていた。
というのは些か大げさだろう。なだらかな起伏が道の先を消して、疑似的にそう見せているにすぎない。
朝と言うにもまだ早い、夜明けの時間のモーターウェイは車通りが少なかった。まるで独り占めの道を、イギリスは東を目指してひた走る。グロスターからロンドンへ続く道はさながら朝焼けに続く道だった。丘の上でうずくまった雲の中に、朝日の気配がする。丘を一つ越え、二つ越えてゆくたびに、徐々に夜が明けてゆく。
スピードメーターの針は時速七十マイルのあたりをゆっくりと行き来している。重い眠気が瞼のあたりに漂って消えない。
イギリスが物ごころつく前にすでにあった道だ。何度も通ったおかげで目をつぶっていたって歩ける自信がある。が、かといって本当に眠ってしまうわけにはいかず、イギリスは思いついて、車の暖房を切ってパワーウィンドウのスイッチを下に押し込んだ。
低いモーター音ばかりで満ちていた車内にぐっと冷たい空気が入り込む。摂氏五度の容赦のない風が頬を切る。ハンドルを持つ指先が震えた。
道は未だ真っ直ぐだった。手先がかじかんで多少車体を左右に揺らしても何の問題もないくらいに。丘という目隠しがなかったとしても、この道は本当に地平線まで続いているのかもしれなかった。もしかしたら、その先まで。
先とはどこだろう。イギリスは不意に、この道を作った男のことを思い出した。全ての道はローマに通じているなどとうそぶいた、今はもういない男のことを口の端で笑う。少なくとも、この道が続いているのはローマではなくロンドンだ。
真っ直ぐの道の先に、朝焼けの気配がした。
それは太陽へと続く道だった。
橋
初めて見たとき、本当は見とれた。実は言葉を失った。
しばらくしてから感想を聞かれて、曲線が好みだ、とかなんとかわいげないことを言ったはずなのに、彼は嬉しそうに笑った。
美しいものを見慣れきったこの目でも、その曲線はなお輝きを失うことなく優美であり続けた。
大小いくつものアーチが青空に映えている。橋脚が川面に反射して、その橋はまるで空と陸とをつないでいるようにも見えた。
夏の初めの、観光にはちょうどいい季節だったので、たくさんの人が橋を見に来ていた。フランスもまるで観光客の一人になりきって、ガイドの説明をうんうん頷きながら聞いていたりする。
何気なくめぐらせた視界の中、橋の下で近くの村の子供たちが水遊びをしているのが見えた。彼らにはきっと、この橋の何が特別なのかなんて理解できないに違いない。生まれたときからそこにあり、今も毎日のように見る橋なのだから。
川岸に簡易椅子を持ち込んで熱心に写生をする若い男がいる。どこかの美術学校の学生だろう。川で遊んでいた子どもたちの中の一人が、そんな男に気がついて興味を引かれたように歩み寄る。
金の髪をした、女の子みたいな子供だった。まるで初めて気がついたといわんばかりに、偉大なる古代の遺跡を見上げる子供が目をまん丸にしているのが、遠く離れた場所にいるフランスからもわかった。
美しいだろう、と声に出さずに呟いた自分の顔がどんな風なのか、少なくとも今のフランスは自覚していた。
壁
「こないなのまだ残ってたんやなあ」
実のところ、すっかり忘れていた。なんだか最近話題にのぼるなあ、なんのことだろうなあなんて思っていた。写真で見てもはっきりとは思い出せず、別にわざわざ訪れるほどの用事もなかったからと重い腰を上げないでいた。なにせそこはマドリッドから、イタリアとは正反対の方角にあるもので。
見たとたんに思い出したあたり、自分の記憶というのも案外捨てたもんじゃないと一人自画自賛する。
「なっつかしいわあ!」
思わずぺしぺしと叩いたら、道行く一般市民に「叩くなやアホ!」と怒鳴られた。えらいすんません。でも昔はこれに足掛けてよじ登ったり、どついて端の方をちょっと壊したりもしたのに。昔というのが何時のことなのか、スペインは正確には覚えていない。とにかく、自分がまだほんのチビだった頃だ。
ということは千年単位で昔のことであると、今さらスペインは気がついた。プロイセンやフランスらと馬鹿な戦争をするよりも、もっとずっと昔のことだ。
理解してしまうと不思議なものだった。記憶の中と寸分も違わずそれが目の前に存在しているというのは。苔むして変色したその表面だけが長い時間の経過を証明しているようだった。
この壁で、未だ守られている街が存在する。言いかえれば、この壁は未だなにかを守り続けている。
「あのおっさん、なかなかやるわ」
もう一度叩こうとして飛んできた怒声に、スペインは再び肩をすくめた。
砦
ドイツはその人を、直接は知らない。
他のヨーロッパ諸国が知っているものを自分だけ知らないのは、一人だけのけものにされた様で少し気分が悪かった。そんなことを口に出そうものなら誰からも馬鹿にされるに決まっているので、何も言わないが。
「彼」について、彼らはよく、ルーツ、という言葉を使う。根という意味そのままに、彼らはある意味「彼」に根ざしている。そしてまた、望むと望まざるとにかかわらず、自分もその「彼ら」の一人であることに変わりはないのだ。
下から上がってきた報告書の山に一枚一枚目を通していた時に、ドイツはその言葉を想起した。
ルーツ。
ゲルマンの血が流れている自分にさえ、それは深いところにまで入り込んでいて、ドイツを魅了させてやまない。
憧れといえば簡単だ。支配というのも割り切りすぎている。親というのは少し違う。やはり、その言葉が一番適切なのだ。
彼はどこにでもいる。たとえば街の名前の中に。たとえば今も使われる言葉の起源として。たとえば今サインを書きこんだこの紙の中にも。
発掘調査に関する報告書の一枚をぴんと指ではじいて、ドイツは役目を終えて久しい砦について思いを馳せる。
都
親でなく、兄でなく、祖父である。
国なんていう因果な商売をしている自分たちにとって、そういった「血縁」にどれだけ意味があるだろうか、なんて難しいこと、常日頃から考えているわけはもちろんない。それなのにイタリアが今そのことについて考えていたのは、avo(=祖父)とは「祖先」の意味も持っているということについて何か意味があるのだろうかとふと疑問に思ったからであって、そう、いわばただの思いつきだった。
「兄ちゃん」
と、最近できたらしいトラットリアを見つけて自分だけ先に行ってしまいそうだった兄を呼ぶ。兄と言う単語の意味さえ疑いそうになってイタリアはもう考えるのをやめた。こういうのは性に合わない。
「兄ちゃんお金持ってるの?」
「お前持ってないの?」
「ヴェー……」
結局露店で買ったパニーニを二人で半分ずつに分けて、ぱくつきながら街を歩いた。コロッセオがあり、フォロ・ロマーノを横切って、トレヴィの泉を通り過ぎる。テヴェレ川の川岸まで辿り着くと、目にとまったベンチで休憩した。
観光船がゆっくりと行き来する川はどこか絵画的で美しかった。あまり澄んでいるとは言えない流れも、木の影が映り込んだだけで印象が百八十度変わる。
「きれいだねー」
そう思って思っただけを口にしたのだが、兄には怪訝な目で見られた。
「今更だろうが」
「そんなことないよー、何回見てもきれいだよ?」
爺ちゃんもこんな風景みたかなあ。
素直なイタリアはこれも素直に口に出した。兄が肯定してくれることを確信して。
「俺らが今歩いた道も、俺らがこれから帰る道も、全部通ってるだろよ」
「そうだね。……へへ、やっぱ兄ちゃんだね」
「なんだよ、気持ち悪い」
「なんでもないよ」
そうしてイタリアは一つの答えを見つけた。
こうやってたくさんのものを共有している。そのことこそが、血のつながりなのかもしれないな、と。


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