悲しい夢を見た。
布団から出るころまでは確かに覚えていた夢の内容は、いつの間にか忘れてしまっていた。
どんな夢だったかは覚えていないが、朝から憂鬱なのはたぶん夢のせいだった。こういう日は一日頭が重い。瞼も重い。しかし、目の下の隈が今更酷くなろうがどうなろうが、気にかけるやつなんて自分を含め一人もいないから、伊八は洗顔のときに鏡を見てもなにも思わなかった。
いや、そういえば、一人だけ気にするやつがいたな、と思い直す。
去年の夏に会った異国の男は、初対面のくせに伊八の目の下に指を這わせ、ちゃんと寝たほうがいいです、なんて見当違いのことを、赤ん坊にでも話しかけるような日本語で言って聞かせた。
俺もお前も潜水艦なんだから、空気を無駄に汚さないように眠るのだって任務のうち、寝不足なんてあるわけないとわかりそうなものなのに、連合軍から悪魔のように恐れられているはずのそいつは変なところで間が抜けている。
あれからもうすぐ一年が経つが、再開した時にまたそんなことを言われてはたまらない。というか、確実に言いそうだと思った。あの無駄に大きな欧州人の体で抱きつかれたりするのは、なかなか居た堪れないのだ。
少しは気を使わなければならないか、と目の下を押さえて伊八はがらにもないことを考えた。
なにせあと数日で彼は日本にやってくるのだから。
もうすぐ七月。あれから一年が経っていた。
昼になって偉い人に呼び出されたときも、伊八は無意識に目の下を指で擦っていた。
そんなことをして何がよくなるわけでもないのだが、一度気になってしまうとなかなか指が離れない。
「――聞いていたかい」
「あ、あー。聞いてませんでしたサーセン」
「だから、横須賀に帰還、と言ったのだ」
「……ハァ?」
何を聞き逃したかは知らないが、こいつは何を言っているんだと言わざるを得ない。
あんた何言ってんだ。はるばるインド洋まで何しに来たんだ。哨戒任務でも戦艦支援でもない。俺は、第三帝国から日本に譲渡されたU1224改め呂号第五〇一潜水艦との会合を――
「今朝打電があってね。呂号第五〇一潜水艦は五月に大西洋で米国の駆逐艦に撃沈されていたそうだ。残念だが……」
指はいつの間にか止まっていた。
瞼が重い。
誰が、どうしたって。
呂号第五〇一潜水艦が、U1224が、U房が、撃沈だって?
足元が急に不確かになった気がして――
目が覚めると自分の部屋の布団の中だった。
一瞬状況がわからず、硬直したまま目だけで辺りを見回した。
「なんだただの夢か」
ようやく理解すると同時に、口から吐き出した息が乾いた笑い声にかわった。
「ハ、」
なんだ、ただの夢だったか。
いやな夢を見た。
いやな夢だったんだ。
――ああ、瞼が重い。


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