知らんぷりカルテット

5,715 文字

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(学級委員長委員会ドラマCD「仕事を知りたい」の段より)

〜ドラマCDのあらすじ〜(ネタバレ!)
学級委員長委員会の仕事を知りたい乱・きり・しん+ユキちゃんは、「ただのお茶飲み会」ではなく「学園長先生に頼まれてみんなの知らない大事な仕事をしている」に違いないと学級委員長委員会の会議に潜入する。結局会議はお茶を飲みながらお悩み相談をしているだけだったのだが、そこに学園長からの矢文が飛んでくる。期待する四人だったが中身は「先着5名に与えられる学園長の新作ブロマイド」で、乱きりしん+ユキと付き添いの雷蔵はめでたくブロマイドを受け取り、仕事内容はわからないまま会議は解散となったのでした。


 学園長のブロマイドがあっさりと捌けたことで会議はお開きとなり、三郎が雷蔵を連れて出ていってしまって、勘右衛門もそれに続き、彦四郎までも釣られるように教室に戻ってしまったものだから、会議室に残っているのは庄左ヱ門と乱太郎、きり丸、しんべヱの三人組、そしてくの一教室のユキだけになってしまった。
「あーもう……学園長のブロマイドなんてもらっても嬉しくないのに……。私も、なんか疲れちゃったから、帰るわ」
「わたしもー」
「おれもー」
「ボクもー」
 そうして肩を落としたユキが開きっぱなしの戸から外に出ようとしたところで、何を思ったのか突然、あ!と声を出して振り返ったのが、よろしくなかった。
「うわっ」
「あイテ!」
「どわあ」
 後に続こうとしていた乱太郎がそれに気づかず足を踏み出して一歩よろけ、後ろのきり丸は乱太郎の後頭部に額をぶつけられ、アイテ、と頭を抑えてきり丸がうずくまったところにしんベヱが突っ込んで盛大に後ろへ転がった。と、ここまでは予定調和である。問題はその後だった。
「えっ」
 大変めずらしいことだが、しんベヱが転がってきたことに庄左ヱ門が気が付かなかったのである。脛を直撃された庄左ヱ門がひっくり返った先にはさきほどまで会議に使用していた文机が長々と横たわっている。倒れる直前、庄左ヱ門は体を横へひねった。文机に頭をぶつけることはしなかったかわりに、その手前でどたんばたんと大きな音を立ててしんベヱごと転がった庄左ヱ門を、我に返ったユキや乱太郎が助け起こす。
「大丈夫!?」
「うん、大丈夫。あはは」
 庄左ヱ門が頭を掻きながら笑うのに、ハア、と大きくため息をついて乱太郎は胸をなでおろした。
「あわや大惨事だよ」
「大三時?」
「大三時のおやつは大おやつ!?」
「もーふざけないの!」
 蹲っていたいたはずのきり丸にしんベヱが乗っかり、収集がつかなくなる。
「庄ちゃーん、なんとか言ってやってよ!」
「……」
「庄ちゃん?」
「ああ、うん」
 いつもならすぐに返事が帰ってくるところなのに、庄左ヱ門は反応が鈍かった。そもそも、庄左ヱ門が乱太郎たちのドタバタに巻き込まれること自体が珍しいのである。庄左ヱ門はいつも一歩引いて、それらを眺めていることが多い。しんベヱもらしくない庄左ヱ門を不思議に思っていたらしく、
「庄左ヱ門と一緒にずっこけるなんて」
 と首をかしげている。
「三馬鹿トリオはともかく、庄左ヱ門まで馬鹿に巻き込まれるなんて、意外だったわ」
 ユキまでそう言うので、乱太郎は声を尖らせた。
「もー。元はといえばユキちゃんが突然振り返るからでしょ!」
「そうだぞ! よい子は急に止まれない!」
「だって、思い出したんだもの! 私、鉢屋先輩に言付けを言いつかっていたの、すっかり忘れていたわ」
「鉢屋先輩に?」
 さっきまであんなにぼんやりしていたのに、庄左ヱ門が急に顔を上げた。
「だれからの言伝?」
「くの一教室の山本シナ先生よ。私が今日、学級委員長委員会の会議を見学しに行くと言ったら、調度良かった、頼まれてくれないかしらって言われたの。なんでも、鉢屋先輩が読みたがっていた変装に関する本が手に入ったから、都合のいい時に取りに来たら貸してあげるからって。今から追いかければ会えるわよね? あ、でも、五年長屋に帰られたんじゃあ私は入れないか」
 ユキはにっこり笑って一年は組の四人に向き直った。
「そういうことだから、私の代わりに伝えてくれるわよね?」
 えーっ、と大声で不満を垂れ流す三人の後ろで、一人庄左ヱ門だけは顎に手を当てて何事かを考えている。
「たぶん、今から追いかけたのでは遅いと思うけど」
 つぶやかれた言葉に、さっきとは違うニュアンスでえ?と声を揃えた三人が庄左ヱ門を振り返るのと同時、
「あれ、みんなまだここにいたんだ」
「彦四郎! なんで!?」
 なぜか、い組の教室に勉強をしに行ったはずの彦四郎が戻ってきた。庄左ヱ門以外の四人の混乱は増すばかりである。その間に彦四郎と素早く目配せをし合った庄左ヱ門は、パンと一つ手を打ってみんなの混乱を解いた。
「ユキちゃん、みんな。鉢屋先輩には僕が伝えておくから、もう帰って大丈夫だよ」
 全員の注目が集まる中で、庄左ヱ門はにこりと笑って出入口を示した。

 なにがなんだかわからないうちに外に出された四人は、ぽかんとしたまま廊下でしばらく立ち尽くすしかない。
「学級委員会って、本当に」
「ミステリアス……」

***

 さて、部外者を帰らせた後に彦四郎と庄左ヱ門が向かった五年長屋では、鉢屋三郎と同じ顔をした不破雷蔵――もとい、鉢屋三郎の顔の主たる不破雷蔵が縁側でぼけーと庭を眺めていた。
「不破先輩」
「おや、庄左ヱ門。さっきぶりだね」
「度々お騒がせしてすみませんが、鉢屋先輩はお出かけですか」
 庄左ヱ門の問に、幾ばくか間をおいて気まずそうにしながら雷蔵が答える。
「うん、……急に、街に用事を思い出したとか言って」
 雷蔵も自分で下手な言い訳だとわかっているのだろう。なにせ、三郎に促されて一緒に出ていったはず雷蔵だけが、こうやって一人取り残されたように長屋で暇を持て余しているのだから。
 しかし、庄左ヱ門はそれ以上踏み込むことをせずに、礼を言って引き下がった。雷蔵はなにか言いたげな顔をしていたが、何も言わずに二人を見送った。
 庄左ヱ門の予想のとおりだった。
 戻ってきた会議室で、さっきまで四人で囲んでいた机を二人で囲むと、なんだか脇がスースーとして肌寒かった。
「やっぱり鉢屋先輩、いらっしゃらなかったね」
「途中で見失っちゃったけど、尾浜先輩もお出かけになったんだと思う」
 三郎が雷蔵の手を引いて会議室を去り、勘右
衛門もそれに続いて出て行ってしまったあの時、彦四郎もまた勉強を名目に会議室を出たが、実際は二人の五年生を追いかける心づもりであった。後から出た勘右衛門のほうが追いつき易いだろうと当たりをつけて追いかけたが、勘右衛門が教室とも長屋とも違う方向へ向かったところで見失ってしまい、そこから先勘右衛門がどこへ向かったかはわからない。
「やっぱり先輩方、僕らにはなにもおっしゃってくれないんだね」
 彦四郎はしょんぼりとしている。よっぽど勘右衛門を途中で見失ったのが悔しかったのか。
「しょうがないよ。学園長先生の矢文はたぶん緊急のご用事なのだろうから」
 庄左ヱ門は自分に言い聞かせるように彦四郎を慰めた。
 矢文、という手段で学園長からの指令が入るとき、五年生は何をおいてもすぐにその指示に従わなければならないようだ、というのが、何度かそれを経験した庄左ヱ門と彦四郎が出した結論だった。三郎も勘右衛門も一年生にはなにも言わないが、矢文が飛んできた後は必ず数分も立たないうちに委員会を切り上げる。
 一度、届けられた矢文を庄左ヱ門が広げてしまったことがある。ちらりと目を通したそれは一年生が習ったこともないような複雑な暗号で書かれていて、なんのことだかさっぱりわからなかった。それを横から眺めた五年生は視線でひと通り撫でただけで内容を読み取ったようで、その時も委員会はまもなく解散となった。
 ――庄左ヱ門、今度から矢文は、直接私に渡すようにしてくれるかい。
 その日去り際にふと思いついたように言われたその言いつけを、庄左ヱ門は律儀に守っている。
 庄左ヱ門たちは五年生が時折学園長先生からの指令で極秘裏に動いていることに気がついているし、そして五年生は、庄左ヱ門たちがこの秘密の指令に気がついていることに、おそらく気がついている。それであるのにこの秘密が未だに秘密のままなのは、それぞれがそれぞれに賢いせいであり、同時に臆病なせいであった。
「先輩たちが話してくださらないのって、やっぱり僕らが頼りないせいなのかな」
 彦四郎がぽつんと呟いた、その時だった。
 びぃんと恐ろしいような音がして、委員会室の壁に突然矢が生えた。庄左ヱ門にはそのように見えた。
「ひっ!」
 座ったまま腰を抜かしたのが彦四郎、咄嗟に立ち上がったのが庄左ヱ門でである。
「矢文だ!」
「なんで!? 今、先輩方はいらっしゃらないのに……」
 しかし、矢文というのは緊急の用事。庄左ヱ門はその矢を勢いをつけて引っこ抜くと、括りつけられた手紙を開いた。
 四つん這いで近づいてきた彦四郎が、覗きこんで恐る恐るという口調で、しかし確かに断定した。
「あ、暗号……?」
「彦四郎、これもう授業でやった?」
「ううん。あっ、そういえば安藤先生、来週は暗号の授業だっておっしゃってた!」
「じゃあ僕がやってるはずないな。い組がまだのものをは組がやってるはずないもの……。困ったな」
「でもこれ、学園長先生からの矢文だよね。っていうことは、僕達がどうにかしないと……」
 彦四郎と庄左ヱ門は互いに頷き合った。
「これは学級委員長委員会の、活動だから」

 彦四郎がたまたま会議室にまで持ってきていた忍たまの友を使って、ああでもないこうでもないと取り掛かったのは、そろそろ日が沈むかという頃だった。それから何刻が経ったのか。
 いつの間にか真っ暗になっていた部屋で、両手を墨で真っ黒に汚した二人がついに解読した暗号は、予想と違ったもので。
 それでもそこに書かれていた指令をこなすための刻限は迫っていて、二人は手分けしてその指令のために奔走した。
 そうして、頭をフル回転させた上にあちこち走り回った二人は、会議室に戻ってきたとたんに、どちらからともなく電池が切れたように眠りこけてしまったのである。

***

 草木も眠る、かどうかはしれないが、よい子の忍たまたちはぐっすりと眠りについている、丑三つ時よりはいくらか早い時間。忍術学園へと続く道を二つの藍色の影が疾走している。
「っあー! もうこんな時間かー!」
「うるさいぞ勘右衛門。就寝時刻をとっくに過ぎてるんだから、静かに」
「悪い悪い。にしても、寒っ! びしょ濡れ! 風呂入りたい! おばちゃんの夕飯食べたい!」
 大げさに身を震わせたのは勘右衛門だが、さっきから口数が少ない三郎も十分に凍えている。
「だ・れ・の、せいだと思っているんだびしょ濡れなのはっ! お前がヘマしなきゃきちんと街道を歩いて帰ってこれたのに!」
「まあまあ、川を流れてきたほうが結果的に早く学園についたでしょ? 結果オーライじゃない?」
「お前が言うな!」
「三郎、うるさいよー」
「ッ!!!」
「あいてっ!」
 小突き合いながら忍術学園の門の前に辿り着いた二人は、そこに灯りが灯っていることに同時におやっと疑問符を浮かべた。
 こんな時間に門が開いているとは思ってもみないから、二人とも塀を越えてどうにか中へ入るしかないと思っていたのだ。それなのに現実には、門の内側の警備員室のあたりから確かに光が漏れている。
 まさか事務員の小松田が消し忘れたのではあるまいなと思って半信半疑に通用門の戸を叩いてみると、ふぁ〜い、と間抜けな返事があった。
「ああ鉢屋三郎くんに尾浜勘右衛門くん、おかえりい。話は聞いてるから、ここにサインだけしてね」
 うとうととしながらも差し出された入門表に言われるがまま名前を書く。
「じゃあボクももう寝るから、おやすみー」
 半眼で戸締りをして行ってしまった小松田を棒立ちですっかり見送ってしまってから、三郎と勘右衛門は狐につままれたような顔でお互いの顔をみやった。
「話は聞いてるって、誰に?」

 それからも不思議なことは続く。
 全身ずぶ濡れ、どころかドブ臭い体をどうにかしようと残り湯を求めて風呂に行けば、そこにはまだほかほかと湯気を立てるお湯が残っている。そればかりか、着替えの夜着や手ぬぐいまでが脱衣所に用意されていて、二人はやはり首を傾げつつも全身を温かい湯につけることができた。それから何か食べるものが残っていたないかと訪れた食堂では、二人分の握り飯と漬物がきちんと皿に並んで置かれていて、今度は反対側に首を傾げたまま二人は並んでもくもくとそれを平らげた。食堂のおばちゃんの絶妙な塩加減が効いたおにぎりであった。
 体も温まり、腹もくちくなって、眠気が襲ってきた二人はそっと五年長屋に向かう。その途中、もう一つ灯りがついたままの部
屋を見つけたのは三郎だった。無言でそちらを指さすのに、勘右衛門も大きく頷いた。
 五年生の忍び足で音も立てずに忍び込んだのは、今日の昼間の会議室。不用心にもつけっぱなしの燭台の灯りは、部屋の中をこうこうと照らしている。そこには、制服のまま折り重なるように眠っている一年生が二人。それに、くしゃくしゃになった料紙が散らばった文机と忍たまの友が一冊。
 文机の上に広げられた一番大きな紙には、見覚えのある筆跡で書かれた暗号文があった。三郎と勘右衛門にしてみれば、それを読み下すのは普通の文を読むのと同じくらいに容易い。しかしこの時ばかりは、二人は何度もそれに目を通し、そして眠っている一年生を見やっては、理解の難しいものを読むようにまた暗号と見比べるのであった。
 それから三郎は無言で、会議室の押し入れを開いた。そこに泊まり込み用の布団が二組だけ、しまってあるのを知っていたから。

 やがて会議室の灯が消えて、今度こそ忍術学園に暗闇が訪れた。
 明日の朝、四人で目が覚めてしまったら、もう知らんぷりはできはしない。

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