チャイムが鳴って、昼休み前の授業が終わった。食堂へ行く者、購買へ走り出す者、自販機へ向かう者。様々いる中、三郎は先生が教室からいなくなった瞬間、八左ヱ門の斜め前の雷蔵の席にやってくる。
「雷蔵、これ見た? 今朝上がった動画」
「見てない。どれ?」
授業中使用禁止のルールがあるスマホを尻ポケットから取り出して、椅子に座った雷蔵の背後から肩越しに腕を回す。その状態で動画を再生し始めても雷蔵は苦情一つ零さず、スマホの画面に夢中だ。
「ここ、ここなんだけど」
「あ、まって、今のとこもう一回」
小さな画面を二人で覗き込んでいるせいで、顔の位置が近い。一時停止を押してシークバーをタップするのに、横に倒したスマホを両手で操作しようと、ほとんど抱き込まれているも同然であるが、雷蔵は文句どころか、違和感も何も感じないらしい。
べったりとくっついて動画に集中する二人の横顔は、どちらがどちらかほとんど見分けがつかない。又従兄弟だかはとこだか、遠縁の親戚に当たるという二人は、高校に入るまでお互いに会ったことがなかったらしい。入学式で初めて顔を合わせたときは、似てはいるなと思ったがここまでではなかった気がする。三郎はもう少し前髪が長かったし、雷蔵は今より襟足が短かった。眉の形も、目の開き具合も、それぞれ少しずつ違っていたのが、一月、二月、時を追うごとに徐々に揃っていく。
この間物理で習ったなんとかという振り子の装置みたいだ。少しずつ違っていた周期が、知らないうちに揃って行く。今はもう、ずっと同じ。
あれは一体、どういう仕組みだったんだっけ。
「お前らさ」
紙パックジュースに刺したストローを口にくわえて、一向に昼飯を食い始めない二人に声を掛ける。惣菜パン三つ鞄から出して、別に先に食べ始めたっていいのだけれど、二人の様子を眺めているうちに、一言口を出したくなった。
雷蔵が、八左ヱ門の机の上に並んだパンを見て「しまった」という顔をする。
「あ、ごめん。待ってた?」
「いや、そうじゃなくて。ただ、近いなって」
「近い?」
首を傾げる雷蔵に対し、三郎はにやりと笑って雷蔵の背中から離れ、その足で八左ヱ門の隣の空いている椅子を引いて座ると、今度はこちらの肩にしなだれかかった。がたん、と椅子が傾ぐ。
「うおっ」
「なんだあ? 男の嫉妬は醜いぞ、八」
「そうは言ってねえだろ」
三郎を椅子ごと押しのけて、さっさとパンの袋を破く。押しのけられた三郎は「ちぇっ、ノリ悪ぃの」と悪態を吐いて、自分の席に弁当を取りに戻った。
あはは、と笑っていた雷蔵が八左ヱ門に話しかける。
「でも三郎って確かに、基本人との距離近いよね」
「……ああ、うん。それはな」
それは八左ヱ門も否定しない。今そうしてみせたように、三郎はクラスメイトにひっつくのを躊躇わない。パーソナルスペースが狭い。赤の他人にはしないだろうが、ある程度慣れると妙に距離が近くなる。ああ見えて帰国子女だというから、長年の外国生活の影響かもしれない。
でも、言いたいのはそういうことではなくて。
「八左ヱ門?」
八左ヱ門はふと思いついて、椅子から立ち上がって雷蔵の前に立った。仁王立ちで、雷蔵を見下ろす。
「どうかした?」
「……」
「え、なに」
そのまま一歩近づく。雷蔵が仰け反る。もう一歩。もっと仰け反る。身を乗り出して覆い被さる。ほとんどブリッジするように椅子から体を乗り出して仰け反る。
「ちょ、ちょ、ちょ、」
「……だよなあ」
おでことおでこがくっ付きそうになるまで乗り出して、いよいよ雷蔵の顔が引きつったところで、八左ヱ門はすっと身を引いた。
ちなみに八左ヱ門は雷蔵と同じ学区出身なので、小学校も、中学校も同じだった。同じクラスになったことは何度もあるし、中学の運動会では一緒に団長と副団長を務めたこともある。三郎よりも九年以上付き合いは長い。
「なになに、なんだったの今の」
姿勢を戻した雷蔵がほっと溜息を吐く。
「おい八左ヱ門! なぁに勝手に雷蔵に迫ってんだ! おれの許可も無く!」
どこから見ていたのか、弁当を持った三郎が、文字面よりは嬉々とした様子で八左ヱ門と雷蔵の間に割って入った。
「いや、おまえの許可はいらんだろ」
「いーや、いるね。おれの目が黒いうちは、雷蔵に近寄る者は何人たりとも許さん」
言葉尻で、どん、と雷蔵の机の上に二人分の弁当の包みを載せる。雷蔵がぱっと目を輝かせた。
「三郎、今日のお昼なに?」
「アスパラのベーコン巻きと、だし巻き卵と」
聞かれた三郎が得意顔で包みを開きながら説明する。お察しの通り、三郎は雷蔵の分まで弁当を作って持ってくる。一人分も二人分も同じだから、と三郎は言うが、弁当を自分で作ったことがない八左ヱ門には、その理屈はよくわからない。手間は同じかもしれないが、原材料費は単純に二倍になると思うのだが。
「……ふふふ、見て驚け、なんと、アンパンマンポテト!」
「うわ、懐かし!」
ミニトマトやブロッコリー、くし切りのオレンジなども詰められて彩り鮮やかな弁当箱の中身は、高校生男子が作ったものとは思えない出来映えだ。いつ見てもすごいな、と感心していると、三郎がその視線に気付いた。
「八も食うか? 惣菜パンばっかりじゃ栄養偏るぞ」
「いや、それはおまえらの昼飯だろ。俺はいーや」
「べつに、今度から八の分も作ってきても——」
「お腹すいた、早く食べよう!」
雷蔵が会話に割って入り、三郎の肩を掴んで椅子に座らせる。そうだな、とすぐ流されて、雷蔵に箸箱を差し出す三郎。八左ヱ門は二つ目の惣菜パンに手を伸ばす。
三郎は誰にでも距離が近いし、こう見えて懐に入れた者に対しては意外なほど面倒が良い。八左ヱ門にもなにくれと構ってくるのがその証拠だ。
だから、これは、この距離の近さは、三郎のせいではなく。
「……ま、いっか」
と、そこまで考えて八左ヱ門はそれ以上の思考を放棄した。クラスメイトの仲が良いのは、決して悪いことではない。
「なにが?」
「なんだよ」
振り子が揃うみたいに、雷蔵と三郎が同時に八左ヱ門へ顔をむける。八左ヱ門はおかしくなって、「なんでもねーよ」と言いながら堪えきれない笑いをこぼした。


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