餅は丸いか四角いか

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 一緒に茶屋に行かないか、と誘ったとき、鉢屋の背中にはぶんぶんと振られる犬の尻尾が見えた、と雷蔵は言う。行くぞ、いつ行く、今日か、明日か、と矢継ぎ早に繰り出す三郎をまあまあと宥めながら雷蔵が、「勘右衛門に聞いたんだけどね、最近できたお店らしいんだ。よもぎ餅がおすすめだそうで、街の四つ辻を西に曲がって二本目の通りを東に入ったところにある……」と続けたところ、だんだんと鉢屋の肩が下がり、顔をうつむけて、最後にはそっぽを向いてしまった。耳が垂れて、尻尾がだらりと垂れ下がったのまで見えた。
「やっぱり行かない」

 茶屋に向かう道中、雷蔵がその話をしたことで、道々の話題は鉢屋三郎のことになった。
「急に機嫌が悪くなっちゃったんです。まったく、あいつは気分屋なんだから」
「それは……」
「?」
「いや、なんでもない」
 一度言いかけた言葉を濁して、長次は話題の人物について頭に浮かべてみた。
 五年ろ組の学級委員長で、変装名人。武術大会優勝経験者。肩書きはいろいろあれど、長次にとってはやはり、雷蔵の級友であり同室、そして、雷蔵が顔を貸している相手、ということになる。
 忍術学園の六年生ともなれば、変姿の術も実戦で使えるくらいには習熟しているが、その六年生からしても、鉢屋の変装技術には目を見張るものがある。姿形、声や仕草まで本物そっくりで、特に体格の変わらない相手の変装では、見分けが付かないほどだった。
 先日も、雷蔵に化けた鉢屋が素知らぬふりで図書委員会に紛れ込んでいたらしい。下級生ばかりの委員会で、そのとき長次は不在だったのだが、翌日にやけにきっちりと補修された書籍を見つけて察した。
 という話を、今度は長次が話したところ、雷蔵は呆れた顔をした。
「三郎はまた、勝手にそんなことを……」
「いや、助かっているのだから、別に問題は無い」
 学級委員長委員会はお茶飲み委員会と揶揄されがちだが、催し物の司会はもちろん、こうして上級生がいないときに他の委員会の様子を見たり、手伝ったりするのも仕事のうちだ。要領の良い生徒が集まっているので、専門でない分野でもある程度こなしてしまう。特に鉢屋は手先が器用なので、各委員会助かってはいるようだ。同時にいろいろといたずらの種を蒔かれるので、素直に感謝というわけにもいかないのだが。 
「そういえば、中在家先輩は三郎と僕を見間違えませんよね。どうしてですか?」
 話の流れで、雷蔵がやけに純真な目で無邪気なことを聞いてくるものだから、さすがの長次も言葉に詰まった。
 ちなみに二人はつい先日、紆余曲折ありながら想いを通わせ合ったばかりである。雷蔵にも長次の想いは伝わっているはずなのだが、よくもまあ、素直にものを尋ねてくる。こういうところが彼の良いところであり、悪いところでもあった。例えば、鉢屋なら、まずこういった無邪気な質問はしない。長次相手でなくとも、しないだろう。
 鉢屋は見かけこそ雷蔵の姿を借りてはいるものの、その性格はかなりはっきりと異なっている。物言いもそうだし、さきほどの図書の補修の件もそう。一言で言うなら——
「雷蔵はまったりしているが、鉢屋はきっちりしている」
「僕が、まったり……ですかねえ」
 雷蔵は、自己への評価には首を傾げていたが、鉢屋への評価については同意する。
「鉢屋は、もっと冷静で完璧主義かと思っていた」
 そう中在家が続けると、一度は同意した雷蔵が、おや、という顔をした。
「あいつは冷静で完璧主義だと思いますけど」
 それも、一面であろう。だが、最近の鉢屋を見ていると、思ったよりもずっと血の通った男なのだと、長次は認識を新たにしたところである。
 今日のこともそうだ。雷蔵は、これから向かう茶屋がかつて長次がとある女性と逢い引きした茶屋だということを知らない。この話の顛末については、変装して一部始終を見ていた鉢屋から聞いて、雷蔵も知っているはずである。ただ、それがこれから向かう茶屋であることは結びついていないだろう。長次もわざわざ言わなくて良いことを言わない。
 鉢屋だって、黙っていたらわからないのに、そこで自ら誘いを断ってしまうのは一体どういった感情からか。いずれにしろ、冷静で完璧主義、の一言で括ってしまうことは、もう長次にはできなかった。しかし、それに変わる評価をまだ、長次は鉢屋に対して持っていない。しかたないので、かつての印象について、言葉を換えて述べるにとどめた。
「ひねているというのか、斜に構えているというのか。率直に言えば、他人を信頼しないタイプだと思っていた」
「ああ、周囲にはそういう風に見られたいんです、あいつ。本当は人なつこくて寂しがりやなのに」
 雷蔵にかかれば、鉢屋は小動物か何かのように評される。その言葉の意味するところを、やはり長次はまだ理解し得ない。級友だからこそ、同室だからこそ、そのように言えることもあるだろう。
「今日、やっぱり三郎も連れてくれば良かったなあ」
 雷蔵はまだそんなことを言っている。長次は微苦笑で、どうして連れてこなかったんだ、と聞いた。
「だって、三郎が自分で言ったんですよ」

 拗ねた鉢屋は、石ころを蹴る素振りをしながら、気のない素振りで、ちらと雷蔵を見てこう付け足したらしい。
「中在家先輩と二人で行けばいいんじゃあないか」

 長次ははた、と瞬きをして、なるほど、と呟いた。
「思ったより可愛げのあるやつだ」
「でしょう! かわいいやつなんです、あいつは」
 しかたないから、土産によもぎ餅を買って帰ってやろう、と言う雷蔵に、そうするべきか止めるべきか、長次はしばし頭を悩ませるのだった。
 茶屋までの道のりは、未だ半分を過ぎたばかりである。

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