高純度の第四音素結晶のようだと、その時ジェイドは思った。
第四音素の結晶は混合物が多いほどアクアマリンのような薄い色彩になる。反対に、純度が高ければ高いほど深海のような深い青色をかもし出す。
それが二つ、小さな子供の顔にはめ込まれていた。
乱れたショールから髪と肌が覗いている。太陽を映しこんだような明るい金髪は、この雪国では嫌でも人目を引く。さらに、ケテルブルク生まれにはありえない褐色の肌。ショールはそれらを隠すためと思われたが、走ったか転んだかしたのだろう、雪にまみれ、保温という意味でも人目を避ける意味でも、ほとんど用をなしていない。
変なものに捕まってしまった、というのが感想だ。ネビリムのところへ向かう途中である。公園を横切って道行を短縮しようとしたせいだ。今朝から降り続いている雪のせいで誰もいない公園の真ん中に、「これ」は棒切れのように立っていた。
そのまま通り過ぎようと思ったのだ。だがその双眸に――有体に言えば、見とれてしまったわけだ。といっても一般常識がいう意味からは些か外れている。あれだけの結晶だったら音素含有量は概算にしてこのくらい。精製方法はどうだろう。研究用途として考えられる分野は……、などといった理由である。
自分が立ち止まったせいで、その子供もジェイドの姿を隅々まで観察したようだ。その結果、同じくらいの年だ、と判断したからだろうか。
「なあ、お前」
「……」
「えーと……名前は?」
「……」
ジェイドは答えなかった。当り前である。見知らぬ者に名乗る名などあいにく持ち合わせていない。
無言のジェイドに対して何も思うところがないのか、こちらの様子をまったく気に掛けず、次に子供はものすごく大きな態度で当然のように言い放った。
「とりあえず、お前のいくとこに連れてけ。いい加減足が凍りそうなんだ」
その物言いには納得いかなかったものの、ジェイドはその言葉につられるようにして子供の足を見た。そしてぎょっとする。
「お前は馬鹿かそれとも頭の病気か。雪の中をはだしで歩くやつがあるかっ?」
不本意ながら語尾が荒れた。我ながらかなり珍しいことである。しかしそれもこの奇行を目にしてしまえば当然のことだと思った。気がつかなかったが、子どもは棒のような足をそのまま雪中に埋めているのだ。褐色の肌が赤く変色している。遅かれ早かれ、このままではいずれ凍傷になって、壊死した組織ごと足を切り落とすはめになるだろう。
しかし、改めて眺めればひどく薄着の子供だった。外套一つ、襟巻一つしていない。ごく一般的な室内着に、唯一防寒着らしきものは先ほどのショール以外に見当たらなかった。ここケテルブルクで、その格好は冗談でなく致命的である。
ジェイドの不審などものともせず、子供はあっけらかんと答える。
「だって靴持ってないんだもの」
ジェイドはこの子供の正体について結論を出すことを先延ばしにし、とりあえずネビリムの家まで引っ張っていくことに決めた。このままここで話をしていても埒が明かない。
「わかった。こい」
自分で言っておいて、慣れないことをしている自覚があった。なぜ見捨てていかないのか、と心のどこかが疑問を投げかけてくる。先刻から状況に流されてばかりだ。ひどく危うい。通常がとりもどせない。それもこれも――
「おう、さんきゅ! ……って、あ? れっ?」
ジェイドの思考はまたも乱された。とさり、と軽い音。目の前にいたはずの子供が地面に倒れている。
「なんか、足が動かねえ……」
倒れたはずの子供は笑っていた。意味が分からない。
ジェイドが見下ろす前で、彼は腕の力で体を反転させ、うつぶせから仰向けに姿勢を変えた。それでも雪に埋もれていれば冷たいことに変わりはないだろうに、彼は満足そうに両腕を広げ、ジェイドを見上げる。
溜息をつきたくなった。
「当たり前だ、足の感覚などとうにないだろう。そのままにしておけば足を落とすことになるぞ」
ジェイドが呆れ混じりにそう言うと、その子供はさも面白そうに口をゆがめた。自分が言うのもなんだが、まるで子供らしくない笑い方だった。
「……それは願ったりかなったりだろうなあ」
「……」
「おい、お前! 何やってんだよ、はやく助けろよ」
ジェイドはその呟きを聞かなかったことにして、彼に手を差しだした。
「歩けるか」
「たぶんな」
妹程度ならともかく、自分と同じくらいの体格をおぶって歩くのはごめんだったから、一応自力で歩けるらしいことに安心した。
裸足が雪を踏む音が、ジェイドの後ろから聞こえる。助け起こした時に掴んだ手を解放するタイミングを逃し、ジェイドは子供の手を引いて歩いた。
ふと目にした手の甲には、細い蚯蚓腫れが古いものから新しいものまでいくつもつけられている。
「痛くないのか」
「さあ、どうだろう」
足は、とも、手は、とも限定せずふとジェイドが口にした疑問に、他人事のような返事が返る。はぐらかされた様な気がして気に食わなかった。
ああ、いらいらする。まるで自分らしくない自分も、この子供にも。原因は、あの結晶に違いなかった。第四音素、水の属性を持つ音の信号、その塊。
「お前、名前は」
自分が無視した質問に、子供はなんの衒いもなく、それどころかどこか嬉しそうな声で、答えた。
「ピオニー」


コメントを残す