――ND2019、キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を囲む。やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。
1.
その預言を聞いた時、ジェイドの心中に浮かんだ感情は形容しがたい。怒りというには曖昧で、悲しみというほど悲愴でなく。脱力。無力感。手の届かない物に対する絶望。あるいは、憐憫。
預言により幼少期を軟禁されて過ごし、そしてまた預言により皇帝に祭り上げられた幼馴染は、その末路さえもを預言に記されていた。王族とは得てしてそういうものなのかもしれないと、旅の仲間を思って考える。
預言を現実にするのはユリアでもローレライでもなく、人々の手による「選択」の結果にすぎないということを、ジェイドは正確に理解していた。そこに大いなる意思が働いている、というよりもよほど始末に負えない。世界が預言に支配されているのは、人々が預言を選択するから。目に見えないレールを信じて、自らなぞっている。逸れない筈がなかった。
そしてまた、ジェイドと同様、彼もそのことを理解している。預言に翻弄されてきた当事者として、もしかしたら、ジェイド以上に。
2.
「秘預言のたぐいですけれど」
「なんだ急に」
旅の途中に一行がグランコクマを訪れ、報告のためにジェイドが王宮に足を寄せたときのことだった。
情事の後の気だるい時間、ジェイドが常と変わらない冷たい瞳でもって――この男はこんな時でさえ仕事中と同じ顔をしている――ピオニーを見据えて言った。
「もし、あなたの死が秘預言に書かれていたとしたら、どうしますか」
「どうします、って……」
睦言の甘さを一切含まないそれに、ピオニーは一瞬、この先もこの男とこういう関係を続けていく自信が挫けそうになったが、彼も疲れているんだろう。そう自分を納得させて、彼の戯れに付き合うことにした。
ベッドにうつぶせに伏したまま、柔らかい枕から頭をあげて彼を見る。
(なにかあったのか)
先立って、導師イオンが死んだという密報が齎された、そのことに関係しているのだろうか。
そう思って彼の瞳を見返す。やはり、そこには何の動揺も、戸惑いも、見えはしないのだけれど。
「死なないよ」
ピオニーはできるだけやさしく微笑んでやった。
「俺が預言なんて信じていないこと、お前はよく知ってるだろう。なら、そんな嘘っぱちになんて書いてあろうが、俺が左右されることはないだろう? ――なにも心配することはないさ」
「……別に、心配していたわけではありませんが……。しかし、あなたらしい」
本当は手を伸ばしたかった。少しだけ乱れた亜麻色の髪を、子供の時のようにぐしゃぐしゃとかき回してやりたかった。
でもそれは、あからさまにごまかしていると伝えるみたいで気が引けた。
ジェイドに言ったことは本当だ。ピオニーは秘預言なんて信じていないから、それに従ういわれなどひとつもない。ピオニー自身は。しかし、秘預言といえどもその内容を知る者がいる以上、現実は「そういう風に動く」のだ。人の手によって。
その結果、自分が望むと望まざるとに関係なく死ぬことになる、ということはあるかもしれないな、と思っている。それは秘預言を信じることとは決して等しくないのだが、結果的には同じものを指すのかもしれない。
この男は頭がいいから、きっとよくわかっている。ピオニーの言葉以上のことを、今も理解しているに違いない。
しかしこれは、気休めとか、ごまかしではなくて。
「死なないって、俺は」
「馬鹿な事を聞きました、忘れてください」
3.
謁見の間で、ナタリアがキムラスカから持ってきた議案と提案を奏上している。
轟々と鳴る水を背に玉座に座る男は、相変わらず国主とは思えないようなくつろいだ姿勢で、ナタリアの言葉を聞いているのだかいないのだか知れない。
きっとそれが誰に対してであろうとも、あの人はこのくだけすぎた態度を変えたりはしないと思うのだが、ナタリアにしてみればほんの小娘だと見下された気分なのだろう、少し語尾がとげとげしくなっているのが分かる。
国王とは随分気楽な商売なのだな、と、もちろん実情を知らないわけではないのだが、その時ばかりはそう思った。
もしかして、それが伝わったのだろうか。
「知っていましたかルーク」
ルークと同じようにして横で控えていたジェイドが、こっそりと耳打ちをしてきた。思わず横目で確かめるが、彼の視線は自らの主に据えられたまま微動だにしていない。
「あの椅子は固くて体に合わない大きさで、意外なほど座り心地が悪いのだそうですよ」
何を言い出すのかと思ったが、それっきりジェイドは口をつぐんだので、ほんの戯れだったのだろう。
あの椅子、という言葉が指すものを、ルークはもう一度見た。とてもそんな風には見えない。極上の詰め物をよくなめした革で覆った、たいそう豪華な椅子に座っている、ように見える。
誰もが憧れる椅子である。一度は座って見たいと思うのは、年端もいかぬ子供ばかりではあるまい。
そう誰もが座れる椅子ではないから、そう見えるだけなのだろうか。彼の言葉の真偽も、また真意も分からないけれど。
それでも彼の人は、座り心地の悪い椅子に座り続けるのだろうと、ルークにはそれだけが理解できた。


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