夢を見た。
突然頭に浮かんだ、俺の知らない誰かの人生。
「……?」
戸惑う暇もなく、唐突に頭の中に浮かんで、次第に溢れだす誰かの記憶。
なんだ、と声を出すこともできなかった。
俺には俺の、百年と少し生きた記憶があって、それは確かに俺なのだけれど、まるで俺自身の記憶のような顔をして別の誰かの人生をも知っている。
俺の前に生きた女は、愛した男に求婚され、自分の秘密をしゃべった途端に別れを切り出された。その前に生きたのは職人の男だ。彼は無言を貫いて、ただひたすら仕事場に籠って最後は誰にも看取られずに死んだ。その前は子ども、はやり病にかかって十にもならずにあっさり死んだ。その前は――
膨大な量の記憶が俺を混乱させる。
俺は誰だ? 俺は誰だった? 次々に浮かんでは消える確かな記憶が、俺と言う存在を希薄にしてゆくようだ。
猛烈に叫び出したくなった。
俺は、俺のはずなのに、それが誰だか思い出せない。
ああ。
俺は、誰だっただろう。
――ック。ヨ……ク。……ヨザック。
「……っ」
「ヨザック。目が覚めた?」
暗闇に紛れてしまいそうな輪郭が見えた。黒。
「――俺、どう……」
声がかすれた。
「ひどくうなされてたから」
まだ日の出前だ、と彼は、吐息だけで告げた。
室内は薄暗かった。それに静かだった。
未だにどくどくと強く脈打っている心臓の鼓動が、傍にいる人に聞こえてしまうかと思うくらいに。
目を閉じ、意識して肺の奥まで空気を吸い込み呼吸を整えれば、すぐに脈拍は正常になる。ヨザックが深呼吸をする間、村田は何も言わずに黙っていた。
「まだ寝ていよう。あと一時間は眠れる」
彼はあえて、ヨザックがうなされていた原因には触れないつもりのようだった。それは、彼自身が夢に触れられたくないということがあるかもしれない。
そう、夢。
あれは夢だった。夢から覚めて間もないせいか、鮮明に覚えている。
叫び出しそうになった衝動すら生々しく。
「……どうしたの?」
村田が優しい顔をして微笑んでいる。まるで眠れない子どもを寝かしつけるような、穏やかな顔をして。
ヨザックは村田から視線を反らせないでいた。その様子を訝しんだのだろう。彼はもう一度問いながら、頭に手を伸ばそうとする。
「どう……」
その手を掴んで、引き寄せて、抱きしめた。
力強く抱きしめて、恐らく苦しいくらいだったはずなのに、村田は文句も言わないでただ抱きしめられていた。
小さな手が回り込み、ヨザックの背中を優しく撫でる。
「猊下」
「なぁに」
「猊下、猊下」
「怖くないですよー」
「猊下」
「いい子、いい子」
とんとん、と本当に幼子をあやすのと同じように、一定の間隔でもって叩かれる背中。
――本当は俺が、それをあなたにしてやりたいのに。
俺のはただの悪夢だけれど、あなたのは違うじゃないか。
なのに村田は、その魂に底知れない記憶を宿す稀代の大賢者は、そんなものは必要ないとばかりに笑って見せるから、ヨザックはたまらなくなる。
たまらなくなって、こうして抱きしめることしかできなくなる。
「さあ、もう寝よう。朝になったら忘れているよ」
「……なんでそんなに優しいんですか、猊下」
「何が? おかしなことを言うね、いじめられたいわけ?」
思わず尋ねたら、村田は夜に溶けるように笑った。
「僕は弱ってるものにはいつでも優しいよ。……ほら、目を閉じなよ」
導かれるままに瞼をおろす。
苦しかった。
あの夢の中で、ヨザックは苦しかった。悲しかった。辛かった。狂いそうだった。恐ろしかった。
「怖い夢を見たんです」
「大丈夫、もう見ない」
「怖い、夢を」
「大丈夫だよ」
それはきっと、村田自身がいつも使うまじないの言葉。
「大丈夫」
「そう、大丈夫」
あなたは何も言わないから、俺が代わりに言おう。
「傍にいてください」


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