学級委員長委員会の委員会室で、勘右衛門と三郎はそれぞれ思い思いに過ごしていた。なんてことのない放課後のことだ。お茶飲み委員会は今日も今日とて仕事がなく、しかも一年生が校外学習で不在なので、彼らは「先輩」を取り繕う必要がないのである。
勘右衛門は折り曲げた座布団を胸枕にしてうつ伏せで忍たまの友を読んでいるし、三郎は文机に片肘突いて今度の実習の作戦案を立てている。格好こそだらしないが、二人揃ってやることが予習復習なあたりは、いかにも学級委員長らしいとも言えた。
本のページをめくる音と、反古紙に書き付ける筆の音だけがする、静かな日だった。こんな日に限って、学園長の突然の思いつきもなければ、らんきりしんのお騒がせトリオの襲来もない——そうだ、一年生は校外学習でいないのだった。妙に時間が間延びして感じられる放課後に、勘右衛門が先に飽きた。
ごろんと寝返り打って仰向けになり、忍たまの友を腹の上に置く。他に見る物もないので、文机に向かう同級生の後ろ姿を眺める。どこから見ても雷蔵そっくりだ。顔だけでなく、後ろ姿までそっくりなのだから恐れ入る。なにか粗でも見つからないかとまじまじと見るが、雷蔵が隣にいるのならまだしも、三郎単体での間違い探しは難しいことにすぐに気がついた。強いて言うなら、雷蔵は肘を突いて書き物なんてしなさそうだが、案外ずぼらなところもあるから、部屋で気を抜いているときは、そういうこともあるのかもしれない。
しばらくぼけっと後ろ姿を視界に入れていると、流石に鬱陶しかったのか、三郎が肩越しに振り返った。
「なにか?」
「いやあ……べつに」
暇人め、という目つきで勘右衛門を一瞥するだけして、また書き物に戻る三郎。おっしゃるとおり暇だったので、一度始まった会話の糸口を失うのもなあ、と、勘右衛門は特に深い考えもなく、終わりかけた会話を無理矢理繋げ、三郎の背中に話しかけた。
「三郎は、一体どうして雷蔵の変装を好んでするのだろう、と考えていたんだが」
「へえ」
ほんの思いつきで放った問いではあるのだが、我ながらなかなか興味深い問いじゃないか。自画自賛も束の間、三郎からは形ばかりの相槌が返る。自分のことなのだからもう少し興味を持って聞いてくれても良いのに、その空返事には些かむっとしたが、勘右衛門は勝手に話し出す。
「雷蔵は……いいやつだが、見た目だけでいうと、これといって美男というわけではない。かといって、まったく特徴がないわけでもない。長い鼻はけっこう目立つし、髪もふわふわしてるし、湿気で爆発するし、やっかいだ。派手な見た目でも、地味な見た目でもないということは、見目で選んでいるわけでは、なさそうだ」
「ふうん」
雑談が目的なので、考え込んでは意味が無いから、思ったことをだらだら喋る。すると、一応聞いてはいるようで、再び相槌が返ってきた。が、本当に「一応」聞いているといった体で、まだ三郎の興味は引けないらしい。ただの雑談のつもりが、目標を「三郎を振り向かせる」ことに決めて、よし、と気合いを入れる。勘右衛門は寝ていた体を起こし、胡座をかいて座り直した。
「逆に、雷蔵が他の人と違う部分を考えてみたら良いのか。印地打ち、は上級生になってから選んだんだから、違うか。図書委員、も、別に雷蔵だけでなし。そうするとやはり、迷い癖? 迷い癖があるから雷蔵を選んだ?」
「それで?」
心なしか、先ほどよりは相槌にも心がこもっている、気がする。相変わらず三郎は筆を持って書き物を続けているから、単なる気のせいかもしれない。だが、興が乗ってきた勘右衛門は、顎に手をやって首をひねって、今一度考えられる可能性を探した。
「迷い癖が理由なら……例えば、雷蔵以外の人に変装していたら、雷蔵はどちらが三郎か迷うよな、絶対。でも、雷蔵に変装していたら、少なくとも雷蔵自身は迷いようがない。となると、三郎は、雷蔵のために雷蔵に変装している、ということになる!」
どうだ、とばかり、これみよがしに人差し指を立て結論を述べる。名推理を披露したつもりが、三郎は勘右衛門のほうを見もせずに、
「ほー」
と一言、棒読みで相槌を打って終わった。
がっくし、と勘右衛門は肩を落とす。そのままぺしょり、と床にうつ伏せて、三郎の元まで這って行く。後ろから袴を掴んで引っ張ってやると、ことん、と筆を置いて、三郎はようやく振り向いた。
「なあ、もうちょっと真面目に聞けよ」
「聞いてるとも」
「ならさ、もっとなんか、ないの?」
「なんかって?」
「俺の言ったことが、あってるとか、間違ってるとか」
「うーん、そうだなあ……」
三郎は腕を組んで目を閉じて、何事かを考え始めた。勘右衛門の話の内容を、今更思い出しているのかもしれない。その姿勢で首を傾げる仕草はまるで雷蔵そのものだな、と思って見ていると、三郎がちら、と片目だけ開けて、まるで「似てるだろ?」とでも言いたげにこちらを見た。わざと雷蔵の真似をしてみせているのだ。
これ以上巫山戯るなら怒るぞ、という風に睨み返せば、三郎はおどけた顔でぱっと両手を挙げて降参した。そして、初めからどう答えるか決めていたかのように、あっけらかんと言い放つ。
「ま、お前がそう思うなら、それで良いんじゃないか」
誤魔化しているようにも、巫山戯ているようにも、興味が無いようにも聞こえる。自分のことなのにどこか他人事で、相手を尊重しているようでいて、全部どうでもよさそうな、それが三郎の「答え」だった。
勘右衛門の話も、まあ実際、ただの与太話、口から出任せの暇つぶしであるから、本気で答えが欲しかったわけではない。なのに、求めていたものが与えられなかったような、ひどくがっかりした気持ちになった。
三郎は時々、こうやって明確に線を引く。普段あんなにおちゃらけて、人のことをからかって、些細なことで笑ったり怒ったり、あるいは真剣な顔で話し合うことも、背中を預けて戦うことも、協力して難事にあたることもするのに、三郎の決めた線を一歩またごうとすると、お前が入ってこれるのはここまでだ、とでも言うかのように、答えをはぐらかすようになる。この先に面白いことはなにもないよと、勝手に決めつけて壁を作る。
それが、警戒心や秘密主義からのものならまだいい。だが勘右衛門には、その言い草がまるで、三郎が、三郎自身に興味を持っていないかのように聞こえるのだ。
勘右衛門だって物わかりが悪いわけがない。何度も彼の境界線を踏んで、それでも、まだ彼の領域に踏み込もうとするのは、「俺はお前に興味がある」ということを三郎に伝えるためだ。三郎がつまらないと見做す彼自身を、切って捨ててしまわないように。見失ってしまわないように。
しかし、そんなことは口に出しては言わないのが、友情というものだ。
「ちぇっ、けちんぼめ。いつか絶対、聞かせてもらうからな。ほんとはとっておきの秘密があるんだろう?」
勘右衛門が大げさに頬を膨らませてみせると、三郎はすこぅし目を見張り、その後片頬でうっすらと笑って、まんざらでもなさそうに言った。
「さぁて、ね」


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