秘密は多いに越したことなく

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「きーりーしーまーさーん!」
 どっ、と背後から遠慮会釈ナシに腰めがけて突撃した零と九七を見て、たまたま少し離れたところからそれを目撃していた九九は「あちゃあ」と頬を引き攣らせた。
 普段だったらなんてことはないじゃれ合いなのだが、今日ばかりは、――そう、今日ばかりは大変よろしくないのだった。
「あれーどったの霧島さん」
「……」
「つッ……う」
 手近な壁に腕を付いた霧島が、痛みを堪える苦しそうな声を出した。
 いつもだったら大きな怒声とともに決死の追いかけっこが始まるのに、どうも勝手が違うことを察した二人が逃げかけた足を止める。
「え、え、どうしたの!? おじいちゃんついに腰やっちゃった? っていうか俺たちのせい? わー零どうしよう!」
 慌てる九七、零は一見冷静に見えるが、あれはどうしたらいいかわからなくて何もできていないだけだ。
 戻ってきた九七の手が恐る恐る霧島の腰に触れる。
 びくり、と大げさに体を震わせて、霧島が振りかえった。
 いつもの二倍、いや三倍は低い地響きのような声が唸った。
「……おーまーえーらーはー……!」
「やばい逃げろっ! 死ぬ! 殺される!」
「……!」
 地獄の鬼も斯くや、という声に、少し前まで心配していたことなど忘れて二人は脱兎のごとく逃げてゆく。
 それを見送って、九九もまた逃げ道を探すべくそろりと足を踏み出したのだが、一歩遅かった。
「九、お前が逃げたら承知しないからな」
「は、はいー」
 でも怖いものは怖い。眼光がありえない。この世のものとは思えない鋭さである。
 すごすごと霧島の前に出頭した九九は、しかし霧島の正面までくるとハッと顔を上げた。近くで見た霧島の目は表面が潤み濃い青に色を変えていて、また苦々しい表情にもいつもの凄みとは違う憔悴が浮かんでいたからだ。
 とたんにバツの悪くなった九九は視線を逸らして言い訳のようにもごりと口を動かした。
「……だから、今日一日くらい休んだらどうかって言ったんスよ」
「これしきのことで軍務を休めるか。……つれてけよ」
「は?」
「部屋まで! しばらく休憩だ!」
 連れて行け、というから背負ったり抱き上げたりということを考えたのだが、霧島は少し体重を九九の肩に預ける程度で、割にしっかりした足取りで歩いてゆく。
 九九はなんだか笑ってしまった。自分も大概だけれど、この人もずいぶんな天邪鬼だ。
 霧島は相変わらずぷんぷんと怒っていたから、九九が笑ったことには気づいていない。まあ、いいか。ただでさえハンデが大きすぎるのだから、これくらいのお目こぼしは許してもらおう。
「あいつら覚えてろよ……! 今日の晩飯抜きだからな」
「俺はいいんですか」
「お前もだ! あと按摩しろ按摩!」
「はいはい、責任は取りますよ」
「……っ! 誰のせいだと思ってるんだ、馬鹿者!」

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