相馬光也が学校に戻ってきて一週間。階段から落ちて意識不明だと知らされたときにはクラス中騒然としたものだが、本人がけろりとした顔で戻ってきてからは、それも笑い話のタネ程度にしか話題に上らなくなっている。
浮ついた空気はもう教室のどこにも見当たらない。前と変わらない日常が戻ってきている――はずだった。
授業の合間の休憩時間、窓際の自分の席で頬杖をついたあいつは、ぼんやりと外を見ている。
光也。そう声をかけようとして、できなかった。
教室中がざわめいている。昨日見たドラマ、最近発売されたゲーム、話題のポップグループ、アイドルの結婚スクープ。次の時間の宿題やった? 来週漢字の豆テストだって。数学ってほんと意味ないよね。今度の土曜日さあ――
まるですべての喧噪を寄せ付けず、あいつの周りだけ空間が違うみたいだった。もとからクラスの女子や、男子と慣れ合う性格でもなかったけれど。最近特に、一人でぼんやりしていることが増えた気がする。いつからだろうなんて、考えるまでもない。あの事故の後、光也はどこか……変わった。
こいつ、こんな顔をして遠くを見たりするやつだったっけ。
多摩手は一歩近づいて光也の横顔を眺めた。
手を伸ばせば届く距離で彼はこちらに気づきもしない。相変わらず住宅街と空の境目のあたりを眺めていて――いや、違うんだ。そんなのを見てるわけじゃないんだろう。
多摩手は少し心配になった。本当に手を伸ばせば届く、だろうか。このまま消えてしまうんじゃないか、なんて、そんな突拍子もない思いをクラスメイトに抱いてしまって。
「……なんだよ」
無意識のうちに伸ばした手は間違いなく光也の肩に触れた。不機嫌そうな――もっとも、光也は普通にしていても目つきが不機嫌そうに見えるだけで、実際そんな不機嫌でもないのだ――顔をして振り返った光也は、拍子抜けするほど普通に見えた。
でも、少し目を離せば彼はまたどこか遠くに思いを馳せる。ここではない、多摩手も知らない、それはきっとすごく遠い場所だ。
「なあ、光也、お前……転校とか、しないよな」
「……? なんだそれ。なんか噂でも流れてるのか? そんな予定ねえよ」
心底呆れたという顔を見て、それでも多摩手は落ち着かなかった。
何見てるんだよ。そこに何かあるのか? なんでそんなに……懐かしそうな顔、するんだよ。光也。
――嗚呼、黄金の日々よ。もう二度と帰らぬ懐かしき日々よ。


コメントを残す