それは放課後の裏庭でのことであったという。木洩れ日の差す木陰の下、名前も知らないくのいち教室の下級生に呼び出された三郎は、親友の面の下、さて今日はどのいたずらを咎められるのかなと、ありすぎる心当たりをあれかな、これかな、なんて探したりしながら、そのときまでは余裕の表情であったらしい。
「鉢屋三郎先輩、あの、わたし、ずっと先輩のことを——」
その、告白を聞くまでは。
◆ ◇ ◆
「それで、逃げ帰ってきたわけ。下級生相手に?」
「逃げてない! 想定外の出来事だったので一時撤退しただけだ!」
「それを逃げるっていうんだ、まったく。相手をおいてけぼりにして、何を言ってんだか。少なくとも、返事くらいはちゃんとしたんだろうね」
口ごもる相方に、雷蔵はこりゃだめだ、と手を頭の上にやり首を振った。
図書室での委員会活動を終えてさて長屋に戻るか、それとも今日の授業の復習がてら自主練でもしようか、と廊下の真ん中で悩んでいた雷蔵に、背後から体当たりでもするかのように抱きついて「らいぞお……!」と泣きそうな声を出すから、一体何事かと思ったが。
腰に腕を回して離れようとしない三郎を、部屋まで引きずってきてよくよく話を聞いてみれば、ようするに、告白されたらしい。なんともかわいらしい、愛の告白だ。くのいち教室、と聞いたときには「おまえ、今度は一体なにをやらかしたんだい」と口を挟みたくなったが、状況を聞く限りほんとうに純粋な気持ちから、彼女は三郎を呼び出し、その想いを告げたのだろう。その結果、相手にとんずらかかれたのだから、かわいそうな話である。
雷蔵はひとつ溜息を吐くと、いまだぐずぐずと腰に抱きついている三郎の肩をよいしょ、と押しのけて、向かいに正座させた。俯いて、指先をいじいじして、これがあの鉢屋三郎だなんて、信じられない。かといって不破雷蔵と思われてもたまったものではないが。
雷蔵の生暖かい視線に気付いたのか、三郎は両手をついて弁明する。
「ちゃ、ちゃんと断った! 『すまないが、そういうのは考えられない』と!」
「そう言わずに、考えてみたら良かったじゃない」
「忍者の三禁だぞ?」
「溺れるべからず、という戒めであって、するな、という意味の禁ではないって、重々知ってるだろうに」
「……」
あの口から生まれたとしか思えない屁理屈上手の鉢屋三郎がこんなに何度も口ごもるのを、雷蔵は初めて見たかもしれない。
彼は、鉢屋三郎は、考えられないのではなく、考えたことがないのだ。恋だとか、愛だとか、年頃の男が一度は胸に抱くような感情を、考えたことがない。どころか、おそらくこいつは、そういう感情を自分と切り離している。もっと言うならば、自分には関係ないと思っている。
(変なところで自分に自信が無いやつだ)
先日の女装実習では清楚系の花売りに変装して、何人かの男に本気の告白をされていた。あのときは恋人がいるとか、恋い慕う人がいるとか、細かい設定まで作ってうまく躱していた鉢屋三郎は、一体どこへいったのだか。
「だって、私の名前を呼んだんだぞ、彼女。雷蔵じゃなくて」
「ふうん。僕とおまえの見分けが付くなんて、見る目があるじゃないか」
「そうじゃなくて! 顔もわからぬやつに告白するなんて、思わないだろう、普通……」
そういうところだ、と雷蔵は声に出さずにぼやく。そんな風に自分のことを露悪的に言うのは、結局のところ、素顔を隠して生活していることへの罪悪感なのだろう。
(こちとら顔も分からぬやつと五年近く親友をやってるんですがね)
もう今更、おまえが顔を隠していることなどなんとも思っていない。それは、雷蔵だけでなく、学園の皆の想いと、そう違っていないはずだ。『迷ってこその不破雷蔵じゃないか』と三郎はよく言うけれど、『顔を隠してこその鉢屋三郎だ』と、なぜ自分で気がつかないのか。
雷蔵はもどかしい気持ちで、とっておきの情報をひとつ、三郎の耳に吹き込んでやった。
「くのいち教室の人気ランキングに、六年生に次いでおまえの名前が入っているらしいよ」
雷蔵としては、だからもっと自信を持てよと、そういうつもりで告げたのだが。
「ら、雷蔵の顔だからか?」
「おまえね……」
とんちんかんなことをいう相棒に、すっかり肩を落としたのだった。


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